1. 知的障害がなくても発達障害はある
「勉強はできたのに、社会に出てから困難に直面している」「頭は悪くないと言われるのに、なぜかうまくいかない」このような悩みを抱えている方は、知的障害を伴わない発達障害かもしれません。
発達障害は、知的障害(IQ70未満)を伴う場合もありますが、平均的またはそれ以上の知的能力を持ちながら、特定の領域で困難を抱えるタイプも多く存在します。むしろ、知的障害を伴わない発達障害の方が、気づかれにくく、適切な支援を受けられないまま苦しんでいることが多いのです。
重要なのは、「知的障害がない=発達障害ではない」ではないということです。知的能力が平均以上でも、社会性、コミュニケーション、実行機能、感覚処理などに困難があれば、それは発達障害です。適切な理解と支援により、自分の特性を活かしながら生きる道が見つかります。
2. 知的障害を伴わない発達障害とは
基本的な理解から始めましょう。
発達障害の種類
発達障害には、主に以下の3つのタイプがあります。
自閉スペクトラム症(ASD) 社会的コミュニケーションの困難、限定的で反復的な行動や興味が特徴です。以前はアスペルガー症候群、高機能自閉症などと呼ばれていたものも含まれます。
注意欠如・多動症(ADHD) 不注意、多動性、衝動性が特徴です。集中が続かない、忘れっぽい、じっとしていられない、考える前に行動してしまうなどの症状があります。
限局性学習症(LD/SLD) 知的能力は正常だが、読み、書き、計算など特定の学習領域に著しい困難があります。
これらは単独で現れることもあれば、複数が併存することもあります。
知的障害を伴わない発達障害の特徴
知的能力(IQ)は平均的またはそれ以上 IQは85以上、多くは100前後またはそれ以上です。中には、IQ120以上の高知能を持つ人もいます。
学業成績は良いことも多い 子どもの頃、学校の成績は良かったり、得意科目では優秀だったりします。このため、発達障害があることに気づかれません。
社会に出てから困難に直面 学生時代は何とかなっていたのに、就職してから、または人間関係が複雑になってから、困難が顕在化します。
「努力不足」「性格の問題」と誤解される 知的能力があるため、「やればできるはず」「努力が足りない」「わがまま」「常識がない」と誤解され、適切な支援を受けられません。
本人も気づいていないことが多い 自分が発達障害だと気づかず、「自分はダメな人間だ」と自己肯定感が低下しています。
「グレーゾーン」との関係
「発達障害グレーゾーン」という言葉を聞くことがあります。これは、診断基準を完全には満たさないが、発達障害的な特性があり、日常生活で困難を感じている状態を指します。
知的障害を伴わない発達障害は、グレーゾーンと重なる部分がありますが、診断基準を満たせば正式に「発達障害」と診断されます。
3. それぞれのタイプの特徴
知的障害を伴わない各発達障害の特徴を見ていきましょう。
自閉スペクトラム症(ASD)─知的障害なし
かつて「アスペルガー症候群」「高機能自閉症」と呼ばれていたタイプです。
社会的コミュニケーションの困難
- 相手の気持ちや意図を読み取ることが苦手
- 暗黙のルールが理解できない
- 冗談、皮肉、比喩が理解できない
- 会話のキャッチボールが難しい
- 視線を合わせることが苦手
- 友人関係を築くのが難しい
限定的で反復的な行動・興味
- 特定の事柄への強いこだわり
- ルーチンへの固執、変化への抵抗
- 感覚過敏または鈍感(音、光、触感など)
- 反復的な動作(手をひらひらさせるなど)
得意なこと・強み
- 細部への注意力が高い
- 論理的思考が得意
- 記憶力が優れている
- 正直で裏表がない
- 興味のある分野では専門的な知識を持つ
注意欠如・多動症(ADHD)
不注意
- 集中力が続かない、気が散りやすい
- ケアレスミスが多い
- 物をよくなくす
- 段取りが苦手
- 忘れっぽい
多動性(大人では目立たなくなることが多い)
- じっとしていられない
- 常に何かをしていないと落ち着かない
- 精神的な多動性(頭の中が忙しい)
衝動性
- 考える前に行動してしまう
- 会話で相手の話を遮る
- 衝動買いをする
- 感情のコントロールが難しい
得意なこと・強み
- 創造性が高い
- 行動力がある
- 興味のあることには集中できる(過集中)
- 発想が豊か
限局性学習症(LD/SLD)
知的能力は正常だが、特定の学習領域に困難があります。
読字障害(ディスレクシア)
- 文字を読むのが極端に遅い
- 読み間違いが多い
- 文章の内容を理解しにくい
書字障害(ディスグラフィア)
- 文字を書くのが極端に遅い、下手
- 漢字が覚えられない
- 文章を書くのが苦手
算数障害(ディスカリキュリア)
- 数の概念が理解しにくい
- 計算が極端に苦手
- 図形の理解が難しい
LDの人は、困難のある領域以外では正常、またはそれ以上の能力を持っています。
4. 子どもの頃の見逃されやすいサイン
知的障害を伴わない発達障害は、子どもの頃に見逃されやすいです。
学業成績が良い
得意科目では優秀な成績を収めるため、「問題ない」と判断されます。
「ちょっと変わった子」で済まされる
「個性的」「マイペース」「おとなしい」「活発すぎる」と捉えられ、発達障害だと気づかれません。
家庭では問題が目立たない
親が理解があり、サポートしている場合、家庭内では問題が表面化しません。
女性は特に見逃されやすい
女性のASDやADHDは、男性に比べて症状が目立ちにくく、社会的スキルを模倣することで隠してしまうため、診断されにくいです。
学校での問題が「性格」とされる
友達ができない、集団行動が苦手、忘れ物が多いなどが、「性格」「しつけの問題」とされます。
5. 大人になってから困難が顕在化する理由
子どもの頃は何とかなっていたのに、大人になってから困難に直面するのはなぜでしょうか。
求められる能力が変わる
子ども時代 知識の記憶、課題の遂行など、比較的単純な能力が求められます。
大人になってから 柔軟な対応、複雑なコミュニケーション、マルチタスク、優先順位の判断など、より高度で複雑な能力が求められます。
サポートが減る
子どもの頃は、親や教師がサポートしてくれますが、大人になると自分で管理することが求められます。
社会的なプレッシャーが増す
職場での人間関係、責任の重さ、成果への期待など、プレッシャーが増します。
代償戦略の限界
これまで自分なりの工夫(代償戦略)でカバーしてきたが、複雑さが増すことで、限界を超えます。
二次障害の発症
長年の困難やストレスにより、うつ病、不安障害、適応障害などの二次障害が発症し、さらに困難が増します。
6. 日常生活での困難
知的障害を伴わない発達障害の人が、日常生活で直面する困難を具体的に見てみましょう。
職場での困難
コミュニケーション
- 暗黙の了解が理解できない
- 報告・連絡・相談のタイミングがわからない
- 空気が読めず、不適切な発言をする
- 雑談が苦手
業務遂行
- マルチタスクができない
- 優先順位がつけられない
- 段取りが悪い
- 時間管理ができない
- ケアレスミスが多い
人間関係
- 同僚と雑談ができない
- 飲み会などの社交的な場が苦痛
- 上司や同僚との関係がうまくいかない
- いじめやパワハラの標的になりやすい
感覚過敏
- オープンオフィスの騒音が耐えられない
- 蛍光灯の光が辛い
- 香水や柔軟剤の匂いで気分が悪くなる
生活上の困難
家事・生活管理
- 部屋が片付けられない
- 家事の段取りができない
- 金銭管理ができない
- 予定を忘れる
対人関係
- 友人ができない、または友人関係が続かない
- 恋愛がうまくいかない
- 結婚生活でトラブルになる
健康管理
- 生活リズムが乱れる
- 食事や睡眠が不規則
- 通院や服薬を忘れる
精神的な困難
自己肯定感の低下 「自分はダメな人間だ」「何をやってもうまくいかない」と感じます。
孤立感 「誰も自分を理解してくれない」「自分は社会に適応できない」と感じます。
二次障害 うつ病、不安障害、適応障害などを発症します。
7. 診断を受けるメリット
知的障害を伴わない発達障害は、診断を受けることで多くのメリットがあります。
自己理解が深まる
「自分はダメな人間」ではなく、「脳の特性による困難」だと理解でき、自己肯定感が回復します。
適切な支援を受けられる
診断があれば、医療機関でのサポート、カウンセリング、就労支援などが受けやすくなります。
職場での配慮を求められる
診断書があれば、職場に合理的配慮を求めることができます。
障害者手帳の取得
症状の程度によっては、精神障害者保健福祉手帳を取得でき、障害者雇用枠での就職、税金の控除、公共交通機関の割引などが利用できます。
家族や周囲の理解が得られる
診断があることで、家族や友人に説明しやすくなり、理解を得られる可能性が高まります。
8. 診断を受ける方法
発達障害の診断は、専門的な評価に基づいて行われます。
受診する診療科
精神科、心療内科、発達障害専門のクリニックを受診します。「大人の発達障害」を診療していることを事前に確認しましょう。
診断の流れ
問診 現在の困りごと、子どもの頃の様子、学校や職場での状況、家族歴などが詳しく聞かれます。
母子手帳や通知表があれば持参すると、診断の参考になります。
心理検査 WAIS(ウェクスラー成人知能検査)などの知能検査、AQ(自閉症スペクトラム指数)などのスクリーニング検査が行われます。
行動観察 診察室での様子、話し方、視線の合わせ方などが観察されます。
総合判断 問診、検査、観察の結果を総合的に判断して、診断が下されます。
診断の難しさ
大人の発達障害の診断は容易ではありません。長年の代償戦略により特性が隠れている、二次障害が前面に出ている、子どもの頃の情報が不足しているなどの理由で、診断に時間がかかることがあります。
複数の医療機関を受診することも検討してください。
9. 治療とサポート
知的障害を伴わない発達障害の「治療」は、症状を完全になくすことではなく、困難を軽減し、生活の質を向上させることが目標です。
薬物療法
発達障害そのものを治す薬はありませんが、症状の一部を軽減する薬があります。
ADHD治療薬 メチルフェニデート(コンサータ)、アトモキセチン(ストラテラ)、グアンファシン(インチュニブ)などが、注意力の向上、多動性・衝動性の軽減に効果があります。
二次障害への薬 うつ病や不安障害を併発している場合、抗うつ薬や抗不安薬が処方されます。
心理療法
認知行動療法(CBT) ネガティブな思考パターンを見直し、より適応的な考え方や行動を身につけます。
ソーシャルスキルトレーニング(SST) 社会的なスキル(会話の始め方、適切な反応など)を練習します。
ライフスキルトレーニング 時間管理、整理整頓、優先順位のつけ方など、日常生活に必要なスキルを学びます。
カウンセリング 自己理解を深め、自己肯定感を高めます。困りごとへの対処法を一緒に考えます。
環境調整
職場での配慮
- 静かな作業環境の提供
- 明確な指示の伝達
- 視覚的なサポート
- 業務の優先順位の明確化
- マルチタスクを避ける
- 定期的なフィードバック
生活環境の工夫
- 物の定位置を決める
- チェックリストの活用
- スケジュールの視覚化
- リマインダーの設定
- 不要なものを減らす
就労支援
就労移行支援 働くためのスキルを学び、就職活動をサポートしてもらえます。
ジョブコーチ 職場に定着するためのサポートを受けられます。
障害者雇用 精神障害者保健福祉手帳を取得すれば、障害者雇用枠で就職でき、配慮を受けながら働けます。
10. 自分らしく生きるために
知的障害を伴わない発達障害を持ちながら、自分らしく生きるためのヒントです。
自己理解を深める
自分の特性(苦手なこと、得意なこと)を理解し、受け入れます。
強みを活かす
発達障害の特性は、弱みだけでなく、強みにもなります。細部への注意力、論理的思考、集中力、創造性などを活かせる場所を見つけましょう。
自分に合った環境を選ぶ
すべての環境に適応しようとするのではなく、自分の特性に合った職場、働き方、人間関係を選びます。
助けを求める
一人で頑張ろうとせず、専門家、家族、友人、職場の人など、周囲に助けを求めます。
完璧を求めない
できないことがあってもいい。完璧でなくてもいい。自分のペースで、できることをやればいいと考えます。
二次障害を予防する
ストレスをためない、無理をしない、早めに休息を取るなど、二次障害を予防する工夫をします。
同じ特性を持つ人とつながる
発達障害の当事者会やオンラインコミュニティで、同じ特性を持つ人とつながることで、孤独感が軽減され、対処法を学べます。
自分を責めない
「自分がダメだから」ではなく、「脳の特性」だと理解し、自分を責めないようにします。
11. よくある質問(FAQ)
Q 知的障害がないのに発達障害と診断されることはありますか? A はい、あります。発達障害と知的障害は別の概念です。IQが平均以上でも、社会性やコミュニケーション、実行機能などに困難があれば、発達障害と診断されます。
Q 大人になってから診断を受けるメリットはありますか? A あります。自己理解が深まり、適切な支援を受けられるようになります。また、職場での配慮や、障害者雇用枠の利用も可能になります。
Q 治りますか? A 発達障害は生まれつきの脳の特性であり、完全に「治る」ものではありません。ただし、適切な支援と環境調整により、困難を軽減し、生活の質を向上させることは十分に可能です。
Q 頭が良いのに発達障害というのは矛盾していませんか? A 矛盾していません。知的能力と社会的能力は別です。IQが高くても、社会性やコミュニケーション、実行機能に困難があることはあります。
Q 診断を受けると、デメリットはありますか? A 診断を受けることで、偏見や差別を受ける可能性はゼロではありません。ただし、診断を受けないことで適切な支援を受けられず、困難が続くデメリットの方が大きいことが多いです。
Q 職場に伝えるべきですか? A 必ずしも伝える必要はありません。ただし、配慮を求める場合は、伝えることが必要です。信頼できる上司や人事部門に相談しましょう。
Q 子どもに遺伝しますか? A 遺伝的要因はありますが、必ず遺伝するわけではありません。親が発達障害でも、子どもがそうでないこともあれば、その逆もあります。
Q 「グレーゾーン」と診断されました。どうすればいいですか? A グレーゾーンでも、困りごとがあれば、支援を受けることができます。カウンセリング、ライフスキルトレーニング、就労支援などを利用しましょう。
まとめ
知的障害を伴わない発達障害は、気づかれにくく、誤解されやすいですが、適切な理解と支援により、自分らしく生きることができます。「自分はダメな人間」ではなく、「脳の特性による困難がある」と理解することで、自己肯定感が回復します。多くの人が、診断を受け、適切な支援を得ることで、より充実した人生を送っています。一人で悩まず、専門家のサポートを受けながら、自分の強みを活かす道を見つけていきましょう。あなたらしく生きる道は、必ずあります。

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