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日本の生活保護制度において、最も大きな心理的・実務的な障壁となっているのが「扶養照会」です。生活保護を申請する際、自治体が申請者の親族に対して「経済的支援は可能か」と問い合わせる仕組みは、多くの困窮者が制度の利用をためらう要因となっています。家族との関係を悪化させる、申請者の困窮状況を親族に知られてしまう、長年連絡を取っていない親族にまで連絡が行くなど、扶養照会には深刻な問題があります。
一方、お隣の韓国では、長年厳しい扶養義務者基準を持っていた国民基礎生活保障制度において、扶養義務者基準の段階的廃止が進められてきました。
日本がなかなか踏み切れない扶養義務の撤廃を、先行して実施した韓国で何が起きたのか。この記事では、韓国の扶養義務者基準廃止の経緯、その後の社会的影響、日本の生活保護制度への示唆について詳しく解説します。
日本の扶養照会と扶養義務をめぐる現状
まず、日本の現状を整理しておきましょう。
日本の生活保護法では、「民法に定める扶養義務者の扶養は保護に優先して行われる」と規定されています。この規定に基づき、生活保護を申請すると、自治体は申請者の親族に対して扶養照会を行うのが原則です。
民法で定める扶養義務者は、配偶者、直系血族(親、子、祖父母、孫など)、兄弟姉妹、特別な事情がある場合の3親等内の親族です。これらの親族すべてに、書面で「経済的支援は可能か」「精神的支援は可能か」といった問い合わせが行われます。
扶養照会は、申請者本人にとって極めて高いハードルとなります。家族関係が良好でない場合、長年音信不通の場合、虐待やDVから逃れて新しい生活を始めている場合、家族に経済的負担をかけたくない場合など、様々な理由で扶養照会を望まない人が多くいます。
「扶養照会で生活保護をあきらめた」という声は、支援団体によって長年指摘されてきた問題です。本来は最後のセーフティネットであるはずの生活保護が、扶養照会の壁によって機能不全に陥っているケースが少なくありません。
近年、日本でも扶養照会の運用は徐々に緩和されてきています。20年以上音信不通の親族には照会しない、関係が悪い場合は照会を控えるなどの取り扱いが認められるようになりました。しかし、制度の根幹である扶養義務優先の原則は変わっておらず、抜本的な改革には至っていません。
韓国の生活保障制度における扶養義務の歴史
韓国では、扶養義務者基準が長らく非常に厳しく運用されてきました。
15年前までの韓国では、所得や財産が少ない場合でも、「65歳以上」などの要件を満たさない限り、実質的な公的生活扶助を受けることができませんでした。しかし2000年10月に「国民基礎生活保障制度」が創設され、65歳未満の人も公的扶助の対象となりました。国民基礎生活保障(以下「基礎生活保障」とします)は、所得が最低生計費を下回った場合、その差額が生計給与などの形で対象者に支給されるものです。
韓国の現代的な公的扶助制度の歴史は、2000年の国民基礎生活保障制度の創設から始まります。それ以前は年齢などの要件が厳しく、本当に困窮している人でも受給できないケースが多く見られました。
日本と比べ格段に厳しい制度運用。第二の韓国における「制度の運用」ですが、これは「厳しい!」の一言に尽きます。これを(I)扶養能力の判定基準、(II)扶養義務の拒否要件に相当するか否かの判定基準、(III)扶養義務者に対する調査の3点から見てみましょう。まず「扶養能力の判定基準」です。「国民基礎生活保障施行令」などは、扶養能力がないと判定するための具体的な基準を定めています。これによると、扶養能力は所得および財産によって判定されます。所得および財産ともに扶養能力を判定する客観的な基準額が定められており、扶養義務者の所得および財産が、それぞれの基準を下回る場合にのみ扶養能力がないとされます。
韓国の扶養義務者基準は、日本以上に厳格に運用されていました。扶養義務者の所得や財産が客観的な基準を下回らなければ、本人がいくら困窮していても受給できないという、厳しい制度でした。
扶養義務者が4人で世帯を構成している場合、円に換算して年収で約171万円を超えると、扶養能力があると判定されます。ただし扶養義務者に扶養能力があると判定されても、扶養能力が微弱であるとされる場合には、満額ではないものの基礎生活保障を受給できます。扶養義務者の所得が、受給申請者が属する世帯と扶養義務世帯、それぞれの最低生計費を合算した額の185%未満であれば、扶養義務者の扶養能力は微弱であると判断されます。
具体的な数値で見ると、扶養義務者(子ども世帯など)の世帯年収が171万円を超えるだけで「扶養能力あり」と判定され、本人が受給できなくなる仕組みでした。これは日本の運用以上に厳格で、多くの困窮者を制度から排除する結果を生んでいました。
福祉の死角地帯という社会問題
厳しい扶養義務者基準は、韓国社会で「福祉の死角地帯」と呼ばれる深刻な問題を生み出していました。
国民基礎生活保障制度の導入や改正により生計給付の受給者数は増加したものの、相変わらず貧困の死角地帯が存在しており、助けを必要とする多くの生活困窮者が公的扶助制度の対象から除外されている。すでに実施している勤労奨励税制(EITC)を有効に活用しながら受給者の自立を促進する等貧困の死角地帯を解消する方法を慎重に模索すべきである。
扶養義務者がいることで受給できない、しかし実際には扶養義務者から支援を受けていないため貧困状態が続く、という人々が大量に存在していました。これが「福祉の死角地帯」であり、生活保護制度の本来の目的を阻害する根本的な問題として認識されてきました。
2015年の改正により教育給付の選定基準から扶養義務者基準がなくなり、他の給付では扶養義務者の扶養能力判断基準が以前より緩和された。しかしながら市民団体等は厳しい扶養義務者基準が福祉の死角地帯が解消できない最も大きな理由であると主張しながら扶養義務者基準の完全廃止を要求している。韓国においても日本や先進国の事例を参考に扶養義務者基準の見直しを検討するのが望ましい。
市民団体や福祉関係者からは、扶養義務者基準の完全廃止を求める声が長年上がっていました。「家族の責任」という伝統的な価値観と、現代社会の現実とのギャップが、制度の改革を求める動きを後押ししていました。
段階的な扶養義務者基準の廃止
こうした批判を受けて、韓国は段階的な扶養義務者基準の廃止に踏み切りました。
2015年の制度改正では、生計給与、住居給与、医療給与、教育給与の4つに給付が個別化され、教育給付では扶養義務者基準がなくなりました。これは扶養義務者基準廃止に向けた最初の一歩でした。
その後、住居給付からも扶養義務者基準が外され、2020年代に入ると生計給与でも扶養義務者基準の段階的な廃止が進められました。文在寅政権下で進められた福祉拡充政策の一環として、長年の課題であった扶養義務者基準の見直しが本格化したのです。
特に大きな転換点となったのは、生計給与における扶養義務者基準の廃止です。これは「死角地帯解消」を目的とした改革であり、扶養義務者の所得や財産にかかわらず、本人の状況だけで判断する仕組みへの転換を意味しました。ただし、年収が一定額を超える高所得の扶養義務者(年収が月1,000万ウォンを超える、または財産が9億ウォンを超える)については、引き続き考慮するという例外が残されました。
医療給与については、扶養義務者基準が一部残されており、完全廃止には至っていません。これは医療費の負担が大きく、財政への影響も大きいためです。段階的な改革の中で、まだ完全には解消されていない領域もあります。
廃止後の韓国で何が起きたか
扶養義務者基準の段階的廃止は、韓国社会にどのような影響をもたらしたのでしょうか。
最も顕著な変化は、受給者数の増加です。扶養義務者基準によって受給できなかった人々が、ようやく公的扶助の対象となりました。福祉の死角地帯にいた人々が制度の傘の下に入ることで、貧困状態にあった多くの人々が必要な支援を受けられるようになりました。
特に、家族関係が良好でない人、長年音信不通の親族がいる人、経済的に苦しい状況の中で家族に頼ることができなかった人などが、新たに受給資格を得ることになりました。これは、扶養義務者基準が実質的にどれほど多くの困窮者を排除してきたかを示すものでもありました。
家族関係への影響も注目されました。扶養義務者基準があった時代は、申請者と扶養義務者の間で「あなたが扶養しないなら申請しない」「自分も生活が苦しいから扶養できない」といった葛藤が生じることがありました。基準が廃止されることで、こうした家族間の緊張が緩和されたという報告もあります。
経済的な影響としては、福祉支出の増加が当然ながら発生しました。受給者数の増加に伴い、政府の福祉予算は拡大しました。しかし、これは「死角地帯」にいた人々の救済という制度本来の目的を達成するためのコストとして、社会的に受け入れられる方向性となっています。
社会的なスティグマの軽減も指摘されています。扶養照会のような仕組みが緩和されることで、生活保護を受けることへの心理的な抵抗感が減り、必要な人が制度を利用しやすくなりました。
2015年の法改正では、(1)受給者の選定及び給付の支給基準を最低生計費から基準中位所得に変更、(2)パッケージ給付方式から給付ごとに対象者の選定基準及び最低保障水準を決定する個別給付に変更、(3)扶養義務者基準を緩和し、扶養義務者基準により福祉の死角地帯におかれていた人々に対する受給を拡大、(4)貧困対策に対する政府の義務強化、(5)所管中央行政機関の長による基礎生活保障基本計画の策定等の措置を行っている。
韓国の改革は、単に扶養義務者基準を廃止するだけでなく、給付方式そのものを「パッケージ給付」から「個別給付」に変更するという、より大きな制度設計の転換を伴いました。一律にすべての給付を受けるか受けないかではなく、生計、医療、住居、教育などの給付ごとに個別に判定する仕組みは、より個別の事情に応じた支援を可能にする重要な変化でした。
廃止に伴って生じた課題と批判
一方で、扶養義務者基準の廃止には課題や批判も存在します。
財政負担の増加は、最も具体的な課題です。受給者の増加に伴う給付費の増加は、政府にとって大きな負担となります。これは社会全体での負担を意味し、税金や社会保険料の形で国民が支えることになります。
不正受給への懸念も指摘されました。扶養義務者基準がなくなることで、本来は家族に支援を求めるべき人まで制度を利用するのではないか、という懸念です。これに対して、所得や財産の調査を厳格化することで対応しています。
家族の絆の希薄化を懸念する声もあります。儒教文化の影響が強い韓国では、「家族が家族を支える」という価値観が伝統的に重視されてきました。扶養義務者基準の廃止が、こうした文化的価値観を弱めるのではないかという議論があります。
ただし、これらの批判に対しては反論もあります。財政負担については、本来支援すべき人を支援するためのコストは社会的に必要なものであるという考え方、不正受給については所得・財産調査によって対応可能という見方、家族関係については制度がなくても家族の絆は維持できるし、むしろ経済的な強制ではない自発的な絆こそが本物だという視点が示されています。
受給者の自由と尊厳の向上
扶養義務者基準の廃止は、受給者の自由と尊厳を高める効果もありました。
これまでは、家族に扶養を求めなければ受給できないという仕組みが、本人の自立や自己決定を妨げる側面がありました。「家族に頼みたくない」と思っても、頼まなければ受給できないため、本人の意思に反する形で家族との関係が再構築されることもありました。
扶養義務者基準が緩和されることで、本人が自分の意思で家族との関係を保つかどうかを決められるようになりました。家族関係が良好で支援を望む場合は受け、関係が良好でない場合は無理に頼らずに公的支援を受ける、という選択が可能になったのです。
DV被害者や虐待からの逃避者にとっても、扶養義務者基準の廃止は大きな意味を持ちました。これまでは加害者である親族に扶養照会が行われることで、所在や状況が知られるリスクがありましたが、その懸念が大幅に減りました。
給付方式の個別化という大きな変革
韓国の改革は、扶養義務者基準の廃止だけでなく、給付方式そのものの変革を伴っていました。
韓国政府は、増加する貧困層に対する経済的支援の拡大や勤労貧困層に対する自立を助長することを目的に、国民基礎生活保障制度の給付方式を「パッケージ給付」から「個別給付」に変更し、2015年7月1日から施行している。
それまでの「パッケージ給付」では、受給資格があるかないかで判定され、受給資格があれば生計、医療、住居、教育などすべての給付を受けられる仕組みでした。これは「全てか無か」の制度であり、わずかでも所得があると一切の給付が受けられなくなる断崖効果を生んでいました。
「個別給付」への移行により、給付ごとに個別の基準で判定されるようになりました。生計給付は受けられないが教育給付は受けられる、住居給付は受けられるが医療給付は別の基準で判定される、というように、より細かいニーズに応じた支援が可能となりました。
この個別化は、扶養義務者基準の段階的廃止とも組み合わさることで、より柔軟で死角の少ない制度を実現しました。日本の生活保護制度が「丸ごと受けるか受けないか」の構造を保っているのに対し、韓国の制度はより精緻な設計となっています。
日本との比較から見える違い
日本の生活保護制度と韓国の国民基礎生活保障制度を比較すると、いくつかの重要な違いが浮かび上がります。
最も大きな違いは、扶養義務者基準への姿勢です。日本は段階的な運用緩和にとどまり、扶養義務優先の原則を維持しています。一方、韓国は段階的な廃止に踏み切り、福祉の死角地帯の解消を進めてきました。
給付の構造も異なります。日本は単一の生活保護として包括的に支給される構造ですが、韓国は給付を個別化し、必要な部分だけを支給する仕組みになっています。これは利用者にとってより使いやすく、財政的にも効率的な設計と言えます。
捕捉率(受給資格者のうち実際に受給している人の割合)についても、日本の20-30%に対して韓国はより高い水準を維持しています。扶養義務者基準の緩和や個別給付の導入が、必要な人に支援が届く仕組みづくりに貢献していると考えられます。
スティグマ(社会的偏見)の問題も両国共通の課題ですが、韓国では制度設計の改革を通じてスティグマを軽減する取り組みが進んでいます。韓国政府が配布する「民生回復消費クーポン」のプリペイドカードに受給金額が明記されていることについて、「基礎生活保障受給者であることが周囲に知られる可能性がある」との指摘が出ています。
ただし、韓国でもプリペイドカードに受給金額が印字されることへの問題提起など、まだ改善すべき点は残されています。スティグマの解消は制度改革だけでは完結せず、社会全体の意識改革が必要であることが、こうした事例からも分かります。
日本における扶養照会改革の動き
日本でも近年、扶養照会のあり方を見直す動きが出てきています。
2021年には、厚生労働省が扶養照会の運用見直しを通知しました。20年以上音信不通の親族には原則として照会しない、関係が悪化している親族には照会を控える、申請者本人が「扶養照会してほしくない」と明確に意思表示した場合は配慮するなどの方針が示されました。
しかし、これらは運用の改善であり、制度の根本的な変更ではありません。「扶養義務優先」という法律上の原則は維持されたままで、自治体の判断による運用の幅が広がっただけというのが現状です。
支援団体からは、より抜本的な改革を求める声が上がり続けています。「扶養照会の原則廃止」「扶養義務優先の規定削除」「申請者の同意がない限り扶養照会を行わない」などの提案が、長年議論されてきました。
2025年6月の最高裁判決で生活保護基準の引き下げが違法と認められたことを契機に、生活保護制度全般の見直しへの機運が高まっています。扶養照会・扶養義務の問題も、この大きな流れの中で再検討される可能性があります。
韓国から学べる教訓
韓国の経験から、日本が学べる教訓は数多くあります。
最も重要な教訓は、扶養義務者基準の緩和や廃止は、社会的に実現可能であるということです。韓国は、儒教的な家族観が強い社会でありながら、現代的な福祉制度としての扶養義務者基準の見直しに踏み切りました。「家族の責任」と「社会の責任」のバランスを再構築することは、文化的伝統と矛盾するものではないことを示しています。
段階的なアプローチの有効性も示されています。韓国は一気に扶養義務者基準を廃止したのではなく、教育給付、住居給付、生計給付と段階的に廃止を進めました。これにより、財政影響や社会的影響を確認しながら、調整を加えていくことが可能でした。
給付方式の個別化という発想も、日本にとって参考になります。「全てか無か」ではなく、必要な部分だけを支援する個別給付の仕組みは、より柔軟で効率的な制度を実現します。日本の生活保護を一括給付から個別給付へと再構築する議論は、十分に検討に値します。
死角地帯の存在を認識し、解消に向けた政策を進めることの重要性も学ぶべき点です。日本でも、本来支援を必要としているのに制度から漏れている人々が大量に存在します。これを「自己責任」として放置するのではなく、制度の問題として捉え、改革を進める姿勢が必要です。
財政負担の覚悟も求められます。扶養義務者基準の廃止は、受給者の増加とそれに伴う財政負担の増加を意味します。これを社会全体で受け入れる覚悟が、本当に必要な人に支援を届ける制度を作るためには不可欠です。
文化的な違いと制度改革の関係
韓国と日本は、儒教文化の影響を受けた東アジア社会という点で共通点があります。家族の絆を重視する価値観、親への孝行を尊ぶ伝統、家族による相互扶助の文化など、両国は似た文化的基盤を持っています。
それにもかかわらず、韓国は扶養義務者基準の廃止に踏み切ることができました。これは、文化的伝統と制度設計は別の問題であり、文化を尊重しながらも現代的な制度改革は可能であることを示しています。
韓国社会では、扶養義務者基準の廃止が「家族の絆を弱める」という批判もありました。しかし、実際には経済的な強制ではない自発的な家族関係こそが本物の絆であり、制度の改革は家族の本質的な絆を損なうものではないという認識が広がっています。
日本社会も、文化的伝統を理由に制度改革を躊躇する必要はありません。むしろ、家族の絆を尊重するからこそ、経済的な強制によって家族関係を歪める制度を改める必要がある、という発想の転換が求められます。
当事者の声と運動の重要性
韓国の改革を実現したのは、当事者と支援者による粘り強い運動でした。
「貧困の死角地帯」という言葉自体が、市民運動の中で生まれた表現です。福祉制度から排除されている人々の存在を可視化し、その不当性を社会に訴える活動が、政策変更の原動力となりました。
支援団体は、具体的な事例を集めて公表し、扶養義務者基準の問題を社会的議題として提起し続けました。当事者自身が声を上げることで、抽象的な制度議論ではなく、生身の人間の苦しみとして問題が伝わるようになりました。
メディアの役割も大きなものでした。福祉の死角地帯にいる人々の状況を伝える報道、政策の問題点を分析する記事、改革の必要性を訴える論説などが、世論形成に貢献しました。
日本でも、当事者と支援者による運動が続いています。生活保護を受給しながらも声を上げる人々、生活困窮者を支援するNPO、研究者やジャーナリスト、政治家など、多様な立場の人々が連携して、扶養照会や扶養義務の問題に取り組んでいます。
制度改革に向けた具体的な道筋
日本における扶養照会・扶養義務の改革は、どのように進められるべきでしょうか。
短期的な改革として、現行の扶養照会の運用をさらに緩和することが考えられます。原則として扶養照会を行わない、申請者の同意がない場合は照会しない、扶養照会の結果が受給判定に影響しないことを明確化するなど、自治体の運用を改善する取り組みが必要です。
中期的には、扶養義務優先の規定そのものの見直しが議論されるべきです。法律レベルでの改正は時間がかかりますが、避けて通れない課題です。韓国の経験を踏まえ、段階的な改革のロードマップを描くことが現実的なアプローチとなります。
長期的には、生活保護制度全体の構造改革が視野に入ります。給付の個別化、所得保障と医療保障の分離、住居支援の独立、教育支援の拡充など、現在は一括化されている支援を個別の制度として整理することで、より使いやすい福祉制度を実現できます。
国際的な視点を取り入れることも重要です。韓国だけでなく、欧州諸国の制度、北欧の福祉モデル、英米の最低所得保障など、世界の先進事例から学べることは多くあります。日本独自の制度設計を行いながらも、国際標準に合わせていく姿勢が求められます。
「明日は我が身」という社会的視点
扶養照会・扶養義務の問題は、特定の困窮者だけの問題ではなく、すべての人にとっての問題です。
誰でも、人生の中で困難に直面する可能性があります。失業、病気、災害、家族の死別など、思いがけない出来事によって生活が困窮することは、誰にでも起こり得ます。そうしたとき、社会的なセーフティネットが機能していることは、すべての人の安心につながります。
扶養照会の問題は、家族関係が良好でない人にとって特に深刻ですが、これは決して例外的な状況ではありません。離婚、DV、虐待、絶縁など、家族関係が複雑な状況にある人は社会の中に多く存在します。こうした人々が安心して制度を利用できる仕組みは、社会全体の福祉を支える基盤となります。
「家族の問題は家族で」という発想は、伝統的には美徳とされてきましたが、現代社会では限界があります。核家族化、少子化、未婚化、地域社会の希薄化などが進む中で、家族だけに福祉の責任を負わせることは、現実的でないだけでなく、家族関係そのものを歪める可能性があります。
社会全体で支え合う仕組みを作ることが、家族の絆を本当の意味で守ることにもつながります。経済的な強制から解放された家族関係こそが、健全で持続可能な絆を生み出すという認識が、これからの社会には必要です。
共生社会への一歩として
韓国の扶養義務者基準廃止は、日本が学ぶべき先行事例として極めて重要な意味を持ちます。
完璧な制度はどこにもありません。韓国の改革も完全ではなく、医療給付では扶養義務者基準が一部残されていたり、消費クーポンへの金額印字のような新たな問題が生じていたりします。しかし、改革に踏み切ったことで、確実に前進している部分があるのも事実です。
日本もまた、現状の制度に課題を抱えています。扶養照会、捕捉率の低さ、スティグマ、申請のハードルの高さ、運用の地域差など、解決すべき問題は数多くあります。これらに正面から向き合い、改革を進める覚悟が、社会全体に求められています。
私たち市民にもできることがあります。生活保護に対する偏見を捨てる、困難に直面した人を温かく支える視点を持つ、政治家や政党の福祉政策に関心を持つ、支援団体への寄付やボランティア参加を通じて活動を支える、SNSや日常会話で正しい情報を広めるなど、一人ひとりの小さな行動が大きな変化を生み出します。
メディアには、当事者の声を丁寧に伝える責任があります。センセーショナルな不正受給報道だけでなく、制度に救われた人の物語、制度から漏れて苦しむ人の現実、海外の先進事例、改革に向けた建設的な議論などを、バランスよく報じる姿勢が求められます。
政治家と政策担当者には、勇気ある決断が期待されます。短期的な政治的損得ではなく、長期的な社会の福祉を考えた政策決定が、本当の意味でのリーダーシップです。韓国の経験を学び、日本の文脈に合わせた改革を進めることで、より公正で温かい社会を実現できます。
一人ひとりが安心できる社会の実現に向けて
韓国の扶養義務者基準廃止のその後を見ると、制度改革は可能であり、それによって社会はより包摂的になり得ることが分かります。家族の絆を大切にする文化を持ちながらも、現代的な福祉制度を整備することは矛盾しないという、貴重な事例です。
日本も、この経験から学び、自国の制度を見直していく時期に来ています。2025年の最高裁判決、2026年のさまざまな福祉政策の動き、社会全体の意識の変化など、改革に向けた条件は整いつつあります。あとは、関係者の決断と行動が必要なだけです。
生活保護は、人間の尊厳を守る最後のセーフティネットです。この制度が本当に機能するためには、扶養照会のような心理的・実務的な障壁を取り除き、本当に必要な人が安心して利用できる仕組みを作る必要があります。家族関係が複雑な人、過去にトラウマを抱える人、誰にも頼ることができない人など、社会の中で最も弱い立場にある人々こそ、確実に支えられるべきです。
韓国の経験は、私たちに勇気を与えてくれます。長年「変えられない」と思われていた制度も、社会の意志があれば変えていくことができる。福祉の死角地帯にいる人々の存在を認識し、それを解消するための具体的な行動を起こすこと。これが、これからの日本社会に求められている姿勢です。
すべての人が「明日は我が身」という視点を持ち、必要なときに躊躇なく制度を利用できる社会、必要としている人を温かく支える社会を、これからの日本で実現していきましょう。家族の絆を本当の意味で大切にするからこそ、経済的な強制ではない自由な関係を可能にする制度を作っていく必要があります。
韓国は、その難しい課題に取り組み、一定の成果を上げてきました。日本もまた、自国の文脈に応じた改革を進めることができるはずです。一人ひとりの市民、支援者、当事者、政策担当者、すべての立場の人々が共に取り組むことで、より良い社会への扉が開かれていきます。扶養照会の壁を超えて、誰もが尊厳を持って生きられる社会を、共に作り上げていきましょう。
