1. 過食症の基本的理解
過食症とは、短時間に大量の食べ物を食べてしまう「過食」を繰り返し、その後に体重増加を防ぐために嘔吐や下剤の乱用などの不適切な代償行動を行う摂食障害です。正式には「神経性過食症」または「神経性大食症」と呼ばれ、英語では「Bulimia Nervosa」と表記されます。
過食症は、単なる「食べ過ぎ」とは異なります。本人の意思でコントロールできない衝動的な過食と、その後の強い罪悪感や自己嫌悪、そして体重増加を防ぐための代償行動が特徴的です。心理的な問題が背景にある精神疾患の一つです。
過食症は思春期から成人期の女性に多く見られますが、男性や中高年の方にも発症することがあります。適切な治療を受けることで回復が可能な疾患ですが、放置すると身体的・精神的に深刻な問題を引き起こす可能性があります。
この記事では、過食症の症状、原因、身体への影響、治療方法、そして回復への道のりについて、詳しく解説していきます。
2. 過食症の主な症状
過食症には、いくつかの特徴的な症状があります。
過食エピソード
過食症の中核となる症状が「過食エピソード」です。これは、以下の特徴を持つ食行動です。
短時間に大量の食べ物を食べることが特徴です。通常、2時間以内に、ほとんどの人が同じ状況で同じ時間内に食べる量よりも明らかに多い量の食べ物を食べます。
具体的には、菓子パン数個、お菓子1箱、アイスクリーム1リットル、ご飯数合分など、通常では考えられない量を一気に食べてしまいます。カロリーにすると、1回の過食で3,000キロカロリーから10,000キロカロリー以上になることもあります。
食べることを制御できない感覚を伴います。食べ始めたら止められない、食べている間は何をしているか分からなくなる、食べ終わるまで我慢できない、といった感覚です。
過食中は、味わって食べるというよりも、ひたすら口に詰め込むような食べ方になります。人目を避けて一人で食べることが多く、過食していることを隠そうとします。
代償行動
過食の後、体重増加を防ぐために、以下のような「代償行動」を行います。
自己誘発性嘔吐は、最も多く見られる代償行動です。過食の後、指を喉に入れるなどして意図的に嘔吐します。嘔吐することで、食べた物のカロリーを「なかったこと」にしようとします。
下剤や利尿剤の乱用も見られます。体重を減らすため、または食べた物を早く体外に出すために、下剤や利尿剤を大量に使用します。
過度な運動により、摂取したカロリーを消費しようとします。何時間も運動し続けるなど、過剰な運動を行います。
絶食や極端な食事制限を行うこともあります。過食の後、次の過食までの間、食事をほとんど取らずに過ごすことがあります。
心理的症状
過食症には、身体的症状だけでなく、心理的な症状も伴います。
自己評価が体重や体型に過度に影響されることが特徴です。自分の価値を、体重や体型だけで判断してしまいます。少しでも体重が増えると、自分は価値がない人間だと感じます。
強い罪悪感と自己嫌悪が生じます。過食をしてしまった後、激しい自己嫌悪に襲われます。「また食べてしまった」「自分は意志が弱い」「最低だ」と自分を責め続けます。
抑うつ気分や不安も多く見られます。気分の落ち込み、何をしても楽しくない、将来に希望が持てない、常に不安を感じるといった症状が現れます。
衝動性が高まることもあります。食べること以外でも、衝動買い、自傷行為、薬物やアルコールの使用など、衝動的な行動が見られることがあります。
行動上の特徴
食べ物や体重へのとらわれが強くなります。一日中、食べ物のことや体重のことを考えてしまいます。カロリー計算に執着し、体重を頻繁に測ります。
秘密主義になります。過食や嘔吐を隠すため、嘘をついたり、人を避けたりします。トイレにこもる時間が長くなります。
社会的引きこもりが見られることもあります。友人との食事を避ける、人と会うことを避けるなど、社会的活動から遠ざかります。
3. 過食症と過食性障害の違い
過食を伴う摂食障害には、「神経性過食症」と「過食性障害」という2つの診断があります。
神経性過食症(過食症)
神経性過食症では、過食エピソードの後に必ず代償行動(嘔吐、下剤乱用など)を行います。代償行動により、体重は正常範囲に保たれることが多くあります。
週に1回以上の過食と代償行動が、3か月以上続いている場合に診断されます。
過食性障害
過食性障害では、過食エピソードは繰り返されますが、定期的な代償行動は行われません。そのため、体重増加や肥満を伴うことが多くなります。
週に1回以上の過食が3か月以上続いており、過食に対する著しい苦痛があることが診断の基準です。
主な違い
最も大きな違いは、代償行動の有無です。神経性過食症では嘔吐や下剤乱用などの代償行動が規則的に行われますが、過食性障害では行われません。
結果として、神経性過食症では体重が正常範囲に保たれることが多いのに対し、過食性障害では体重増加や肥満が見られることが多くなります。
ただし、両者は明確に区別されるものではなく、時期によって診断が変わることもあります。
4. 過食症と拒食症の関係
過食症と拒食症(神経性やせ症)は、異なる疾患ですが、密接な関係があります。
拒食症から過食症へ
拒食症を発症した人の一部は、その後過食症に移行することがあります。極端な食事制限の反動として、過食が始まることが多いのです。
長期間の飢餓状態の後、身体は食べ物を強く求めます。一度食べ始めると、制御できなくなり、過食に発展します。
過食症の排出型と非排出型
過食症には、排出型(嘔吐や下剤乱用を行うタイプ)と非排出型(過度な運動や絶食で代償するタイプ)があります。
拒食症にも、制限型と過食・排出型があり、後者は過食症と症状が重なります。
共通する心理的背景
両者に共通するのは、体重や体型への強いとらわれ、完璧主義、コントロール欲求、低い自己評価などです。根底にある心理的問題は類似しています。
5. 過食症の原因
過食症の原因は単一ではなく、複数の要因が複雑に絡み合って発症すると考えられています。
生物学的要因
遺伝的要因が関係しています。摂食障害の家族歴がある場合、発症リスクが高まることが分かっています。
脳内神経伝達物質の不均衡も関与しています。セロトニンやドーパミンなどの神経伝達物質のバランスが乱れることで、食欲の調節や衝動のコントロールが困難になります。
心理的要因
低い自己評価は、重要な要因です。自分に自信がなく、自己評価が低い人は、外見や体重で自分の価値を測ろうとする傾向があります。
完璧主義も関係します。何事も完璧にこなさなければならないという思いが強く、少しの失敗も許せません。食事制限も完璧にしようとして、失敗したときに過食に走ります。
感情調節の困難があります。不安、怒り、悲しみ、ストレスなど、否定的な感情を適切に処理できず、過食で紛らわそうとします。
トラウマ体験も影響します。虐待、いじめ、性的被害など、過去のトラウマ体験が摂食障害の発症につながることがあります。
社会文化的要因
やせを美徳とする社会風潮が影響しています。メディアで理想化される極端にやせた体型が、特に若い女性に大きなプレッシャーを与えています。
ダイエット文化も要因の一つです。過度なダイエットが、摂食障害の引き金となることが多くあります。
環境要因
家族関係の問題が関与することもあります。過干渉、過保護、家族内の葛藤、親の期待の重さなどが、ストレス要因となります。
いじめや体型に関する批判も引き金となります。体型や外見について否定的なコメントを受けた経験が、摂食障害の発症につながることがあります。
ダイエットをきっかけに
多くの場合、過食症はダイエットをきっかけに始まります。最初は普通のダイエットとして始めたものが、徐々にエスカレートし、極端な食事制限に至ります。
そして、その反動として過食が始まり、体重増加を恐れて嘔吐などの代償行動を始める、という経過をたどることが多くあります。
6. 過食症の身体への影響
過食症は、様々な身体的合併症を引き起こす可能性があります。
嘔吐による影響
歯のエナメル質の侵食が起こります。胃酸に繰り返しさらされることで、歯のエナメル質が溶け、虫歯や知覚過敏を引き起こします。
唾液腺の腫れが見られます。特に耳下腺が腫れ、顔が丸く見えるようになることがあります。
食道炎や食道潰瘍が生じることもあります。胃酸の逆流により、食道が傷つきます。重症の場合、食道破裂という生命に関わる状態になることもあります。
のどの痛みや声のかすれも起こります。
電解質異常
嘔吐や下剤乱用により、カリウム、ナトリウム、塩素などの電解質のバランスが崩れます。
電解質異常は、不整脈、筋力低下、けいれん、腎機能障害など、深刻な問題を引き起こします。重症の場合、心停止に至ることもあり、生命に関わります。
消化器系の問題
便秘や下痢が慢性化します。下剤の乱用により、自然な排便機能が損なわれます。
胃や腸の機能低下が起こります。過食と嘔吐を繰り返すことで、消化器系全体の機能が低下します。
月経異常
栄養不足やストレスにより、月経不順や無月経が起こることがあります。将来的な不妊のリスクも高まります。
骨密度の低下
栄養不足や月経異常により、骨密度が低下し、骨粗鬆症のリスクが高まります。若くても骨折しやすくなります。
その他の身体的問題
脱水、低血糖、貧血、免疫力の低下、皮膚や髪の問題なども見られます。慢性的な疲労感、めまい、ふらつきなども起こります。
7. 過食症の治療
過食症は治療可能な疾患です。適切な治療により、多くの人が回復しています。
心理療法
過食症の治療の中心は心理療法です。
認知行動療法(CBT)は、過食症に対して最も効果が実証されている治療法です。食行動、体重や体型に関する歪んだ認知、過食や代償行動を引き起こす思考パターンを特定し、変えていきます。
具体的には、食事記録をつける、規則正しい食事パターンを確立する、問題となる思考を特定して修正する、再発予防スキルを学ぶなどを行います。
対人関係療法(IPT)も有効です。対人関係の問題が摂食障害の維持に関わっていると考え、対人関係のパターンを改善することで症状の改善を目指します。
弁証法的行動療法(DBT)は、感情調節スキル、苦痛耐性スキル、対人関係スキルを学ぶことで、過食の衝動に対処できるようになることを目指します。
精神力動的精神療法では、過食症の背景にある無意識の葛藤や幼少期の体験を探求し、洞察を深めます。
栄養療法
栄養士や管理栄養士による栄養指導も重要です。規則正しい食事パターンの確立、適切な食事量の理解、バランスの取れた食事の摂り方などを学びます。
極端な食事制限をやめ、1日3食を規則正しく食べることが、過食の予防につながります。
薬物療法
過食症に対しては、抗うつ薬(特にSSRI)が効果を示すことがあります。フルオキセチンという薬剤は、過食症の治療薬として承認されている国もあります。
ただし、薬物療法は補助的なものであり、心理療法と組み合わせて行うことが推奨されます。
家族療法
特に若年者の場合、家族療法が有効です。家族全体で問題を理解し、回復を支援する環境を作ります。
入院治療
外来治療で改善が見られない場合、身体的合併症が重篤な場合、自殺のリスクが高い場合などは、入院治療が検討されます。
入院により、安全な環境で集中的な治療を受け、規則正しい食事パターンを確立できます。
治療期間
過食症の治療には、通常数か月から数年を要します。症状が改善しても、再発を防ぐために継続的な支援が必要なことがあります。
焦らず、長期的な視点で治療に取り組むことが大切です。
8. 回復への道のり
過食症からの回復は、一直線ではありません。良くなったり悪くなったりを繰り返しながら、少しずつ前に進んでいきます。
回復の段階
認識の段階として、まず自分が摂食障害であることを認識し、助けが必要だと気づくことが第一歩です。
準備の段階では、治療を受けることを決意し、回復に向けて準備を始めます。
行動の段階では、実際に治療を受け、行動を変えていきます。過食や代償行動をやめ、規則正しい食事パターンを確立します。
維持の段階では、改善した状態を維持し、再発を防ぐための努力を続けます。
回復の段階では、摂食障害が人生の中心ではなくなり、充実した生活を送れるようになります。
回復のサイン
食べ物や体重へのとらわれが減る、過食や代償行動の頻度が減る、感情を適切に表現できるようになる、自己評価が体重以外の要素にも基づくようになる、人間関係や社会活動が充実する、将来に希望が持てるようになるなどが、回復のサインです。
再発への対処
回復の過程で、一時的に症状が悪化することがあります。これは回復の一部であり、失敗ではありません。
再発の兆候に気づいたら、早めに治療者に相談し、対処することが大切です。
9. 周囲ができるサポート
過食症の人を支える家族や友人にもできることがあります。
理解と受容
まず、過食症が精神疾患であり、本人の意志や努力だけでは解決できないことを理解することが大切です。「意志が弱い」「甘えている」といった誤解を避けましょう。
食事や体重に関する話題を避ける
「食べなさい」「太った」「やせた」など、食事や体重に関するコメントは避けましょう。こうした言葉は、症状を悪化させる可能性があります。
過食や嘔吐を責めない
過食や嘔吐をしてしまったことを責めたり、監視したりすることは逆効果です。責めるのではなく、本人の苦しみを理解しようとする姿勢が大切です。
専門家への受診を勧める
症状が深刻な場合は、専門家への受診を勧めましょう。ただし、強制するのではなく、本人の意思を尊重しながら提案することが重要です。
自分自身のケアも忘れずに
過食症の人を支えることは、精神的に負担が大きいこともあります。支援者自身が燃え尽きないよう、自分自身のケアも大切にしましょう。
家族会やサポートグループに参加することも、一つの方法です。
10. まとめ:過食症は回復できる
過食症は、短時間に大量の食べ物を食べてしまう過食と、その後の嘔吐や下剤乱用などの代償行動を特徴とする摂食障害です。単なる食べ過ぎではなく、心理的問題が背景にある精神疾患です。
原因は複雑で、生物学的要因、心理的要因、社会文化的要因、環境要因が相互に関係しています。低い自己評価、完璧主義、感情調節の困難、やせを美徳とする社会風潮などが発症に関与します。
過食症は、歯の侵食、電解質異常、消化器系の問題など、様々な身体的合併症を引き起こす可能性があります。重症の場合、生命に関わることもあります。
治療には、認知行動療法を中心とした心理療法、栄養療法、必要に応じた薬物療法があります。適切な治療により、多くの人が回復しています。
回復には時間がかかり、良くなったり悪くなったりを繰り返すこともありますが、諦めずに治療を続けることで、必ず道は開けます。
重要なのは、一人で抱え込まず、専門家の助けを求めることです。精神科、心療内科、摂食障害の専門クリニックなどで相談できます。早期の治療開始が、回復への近道です。
過食症は、決して恥ずかしい病気ではありません。適切な治療とサポートがあれば、回復し、充実した人生を送ることができます。もし、あなた自身や身近な人が過食症で悩んでいるなら、まずは専門家に相談することから始めてみてください。

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