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解離性同一性障害(DID: Dissociative Identity Disorder)は、一人の人の中に2つ以上の明確に区別される人格状態が存在し、それらが交代して現れる精神疾患です。
かつては多重人格障害と呼ばれていました。各人格には独自の記憶、行動パターン、好み、話し方があり、まるで別人のように振る舞います。
人格が切り替わる際には記憶の空白が生じることが多く、本人は「気づいたら知らない場所にいた」「覚えのない買い物をしていた」などの体験をします。
多くの場合、幼少期の深刻なトラウマ(虐待、ネグレクト)が原因で発症します。
映画やドラマで誇張して描かれることが多く誤解も多い疾患ですが、実際には深刻な苦痛を伴う病気であり、適切な治療により改善が可能です。この記事では解離性同一性障害の症状、原因、診断、治療法、生活への影響について詳しく解説します。
解離性同一性障害とは
定義
解離性同一性障害(DID)は、一人の人の中に2つ以上の明確に区別される人格状態(アイデンティティ)が存在し、それらが交代して行動や意識を支配する精神疾患です。
本来統合されているべきアイデンティティ、記憶、意識が分断(解離)されている状態です。
名称の変更
以前は「多重人格障害(Multiple Personality Disorder: MPD)」と呼ばれていましたが、1994年にDSM-IVで「解離性同一性障害」に変更されました。
人格が多重化しているのではなく、本来統合されているべきアイデンティティが解離している状態であることを強調するためです。
解離とは
解離とは、通常は統合されている記憶、意識、知覚、アイデンティティが分断される現象です。自分が自分であるという連続性が失われます。
誰でも軽度の解離体験(運転中に目的地に着いたが過程を覚えていない、など)はありますが、DIDでは病的なレベルの解離が起こります。
有病率
正確な有病率は不明ですが、一般人口の約1から1.5パーセントと推定されています。かつて考えられていたよりもはるかに多いことが分かってきました。女性に多く、男女比は約5対1から9対1です。
発症年齢
多くは幼少期から症状が始まりますが、診断されるのは成人後のことが多いです。平均的な診断年齢は30代前後ですが、発症自体は幼少期です。診断までに平均5から12年かかると言われています。
誤解の多い疾患
映画やドラマ(「24人のビリー・ミリガン」「スプリット」など)で劇的に描かれることが多く、一般の認識と実際の病態には大きな乖離があります。
実際の患者の多くはより微妙で目立たない形で症状を示し、日常生活を送りながら苦しんでいます。
解離性同一性障害の症状
主要症状
1. 複数の人格状態(アルター)の存在
2つ以上の明確に区別される人格状態が存在します。各人格(アルター、交代人格と呼ばれる)は独自の特徴を持ちます。
人格の特徴
- 名前、年齢、性別が異なる
- 声のトーン、話し方、言葉遣いが異なる
- 性格、態度、価値観、好みが異なる
- 能力が異なる(ある人格は外国語を話せる、別の人格は話せない)
- 身体症状が異なる(ある人格では視力が悪い、別の人格では正常)
- 手書きの文字が異なることもある
- 年齢が異なる(成人の体に子どもの人格が現れることも)
人格の数
2つから100以上まで報告されています。平均10から15程度とされますが、個人差が非常に大きいです。多くの人格が存在する場合でも、頻繁に現れるのは数人程度のことが多いです。
主人格とアルター
- 主人格(ホスト): 最も頻繁に現れる人格。多くの場合、本人の本名を持つ。日常生活を担当することが多い。
- アルター(交代人格): 主人格以外の人格。様々な役割を持つ。
人格の役割
各人格には特定の役割や機能があることが多いです。
- 保護者的人格: 本人や他の人格を守る役割。危険から守る、困難な状況に対処する。
- 子どもの人格: トラウマを受けた時の年齢で固定されていることが多い。傷つきやすく、保護が必要。
- 攻撃的・怒りの人格: 怒りや攻撃性を担当。外部の脅威に対抗する。
- 異性の人格: 主人格と異なる性別。
- 迫害者的人格: 自傷行為をさせる、他の人格を批判するなど否定的な役割。トラウマの加害者を内在化したもの。
- 専門的機能を持つ人格: 仕事専門、家事専門など特定の活動に特化。
これらの人格は、耐えがたいトラウマに対処し、生き延びるために発達したと理解されています。
2. 人格の交代(スイッチング)
ある人格から別の人格へ切り替わることをスイッチングといいます。
交代のきっかけ(トリガー)
- ストレス(最も一般的)
- トラウマを思い出させる刺激(特定の音、匂い、場所、人)
- 特定の状況(仕事、家庭、対人関係)
- 疲労、睡眠不足
- 感情の高ぶり(怒り、悲しみ、恐怖)
- アルコールや薬物
- 特に理由なく突然起こることもある
交代の様子
- 瞬間的に起こることもあれば、数分かけてゆっくり起こることもある
- 一瞬ぼんやりする、意識が遠のく感覚
- 目つきが変わる、表情が一変する
- 声や話し方が変わる
- 姿勢や動作、身のこなしが変わる
- まばたきや視線の動きが変わる
- 本人は交代の瞬間を意識していないことが多い
- 周囲から見ると「突然別人になった」ように見える
交代の頻度
人により大きく異なります。1日に何度も起こる人もいれば、数週間に1度という人もいます。ストレスの多い時期には頻度が増えます。
3. 記憶の空白(解離性健忘)
人格が交代すると、別の人格が活動していた時間の記憶がないことが多いです。これは単なる物忘れとは明らかに異なります。
健忘の具体例
- 気づいたら知らない場所にいた
- 自分が買った覚えのない物が家にある
- 自分が書いた覚えのないメモやメール、SNSの投稿
- 人から「昨日話したよね」「この前会ったよね」と言われても全く覚えていない
- 友人や家族から「あの時のあなたは別人みたいだった」と言われる
- 自分がしたはずの行動(電話をかけた、約束をした)を覚えていない
- 時間の欠落(数時間、数日、時には数週間の記憶がない)
- 自分の過去の一部が完全に欠落している
- 重要な個人情報(自分の名前、住所、家族)を一時的に忘れることもある
記憶の共有パターン
すべての人格が完全に記憶を共有していないわけではありません。
- 一方向的共有: A人格はB人格の記憶にアクセスできるが、B人格はA人格の記憶にアクセスできない
- 双方向的共有: 一部の人格同士は記憶を共有している
- 完全な分離: ある人格は他の人格の存在すら知らない
- 部分的共有: ぼんやりとした感覚として他の人格の体験を感じる
幼少期の記憶の欠如
多くの患者は幼少期(特にトラウマの時期)の記憶がほとんどありません。10歳以前の記憶が断片的、または完全に欠落していることが多いです。
その他の重要な症状
解離症状
- 離人感: 自分が自分でない感じ、自分を外から観察しているような感覚、ロボットのように感じる
- 現実感喪失: 周囲が非現実的に感じる、霧の中にいるような感じ、世界がフラットに見える
- 体外離脱体験: 自分の体から離れて上から見ている感覚
- タイムスリップ感覚: 突然過去や未来にいるような感覚
- 身体の一部が自分のものでないように感じる
頭の中の声(内的声)
多くの患者は頭の中で複数の声が話しているのを聞きます。
- 人格同士が会話している
- 議論している、言い争っている
- 命令してくる、批判してくる
- アドバイスや警告をする
- 常に騒がしい、または特定の状況で現れる
これは統合失調症の幻聴とは区別する必要があります。DIDの内的声は内側から聞こえ、自分の一部として感じられることが多いです。
アイデンティティの混乱
- 自分が誰なのか分からなくなる
- 鏡を見て自分の顔が分からない、または別人に見える
- 自分の好みや価値観が日によって変わる
- 「本当の自分」が分からない
フラッシュバック
トラウマの記憶が突然よみがえります。映像、音、感覚、感情として侵入的に再体験します。特定の人格がフラッシュバックを体験し、その間主人格は何が起こっているか分からないこともあります。
自傷行為
ある人格(特に迫害者的人格)が自傷行為をすることがあります。
- リストカット、頭を壁にぶつける、自分を殴る
- 「お前は価値がない」「罰を受けるべきだ」という内的声に従って自傷
- 主人格は自傷の記憶がなく、気づいたら傷があることも
- 痛みを感じないことがある(解離により)
自殺企図
自殺のリスクが高い疾患です。約70パーセント以上が自殺企図の既往があると報告されています。
身体症状
- 転換症状: 麻痺、けいれん発作(心因性)、視覚障害、聴覚障害
- 慢性疼痛: 頭痛、腹痛、全身の痛み
- その他: めまい、吐き気、呼吸困難
- 人格によって身体症状が異なることがある
感情の不安定さ
気分の激しい変動。人格交代に伴って感情が急変します。数分前まで笑っていたのに突然泣き出す、穏やかだったのに激怒するなど。
対人関係の困難
- 人格が変わることで対人関係が混乱
- 一貫性のない態度により誤解される
- 信頼関係の構築が困難
- 親密になることへの恐怖(虐待の歴史から)
- 孤立しやすい
悪夢
トラウマに関連する悪夢を繰り返し見ます。睡眠障害、不眠も多いです。
解離性同一性障害の原因
幼少期のトラウマ(最も重要な原因)
解離性同一性障害の最も重要かつ中心的な原因は、幼少期の深刻で繰り返されるトラウマです。研究によると、DID患者の約90から97パーセントが幼少期に深刻な虐待やトラウマを経験しています。
虐待の種類
身体的虐待
殴る、蹴る、火傷を負わせる、骨折させる、窒息させるなど。生命の危険を感じるレベルの暴力。
性的虐待
近親姦を含む性的暴行。多くのDID患者が性的虐待を経験している。
心理的・感情的虐待
言葉の暴力、脅迫、恐怖を与える、無視する、存在を否定する。
ネグレクト(育児放棄)
基本的なケアの欠如、食事を与えない、清潔にしない、医療を受けさせない。感情的ネグレクト(愛情の欠如、無関心)。
家庭内暴力の目撃
親が暴力を振るわれるのを見る、家庭が恐怖に満ちている環境。
組織的虐待
カルト、儀式的虐待、組織的な性的搾取。
その他のトラウマ
戦争体験、大災害、拉致・監禁、長期入院での医療トラウマ。
トラウマの特徴
DIDを引き起こすトラウマには特徴的なパターンがあります。
早期発症
多くは5歳以前、時には生後数ヶ月から始まります。人格の統合が起こる重要な発達段階でのトラウマ。
繰り返される、慢性的
一度だけでなく、何度も何度も繰り返される。数ヶ月、数年にわたって続く。
重度で耐えがたい
子どもにとって耐えられないレベルの苦痛と恐怖。生命の危険を感じる。
逃げ場がない
加害者が親や養育者など身近な人であることが多く、逃げることができない。子どもは完全に無力。
信頼関係の裏切り
本来守ってくれるはずの人(親)から虐待を受ける。安全な場所(家)が危険な場所になる。
否認と孤立
虐待を誰にも言えない、言っても信じてもらえない。完全な孤立。
解離というメカニズム
適応的防衛
幼い子どもは物理的に逃げることができないトラウマから、心理的に逃げる(解離する)ことで自分を守ります。
「これは私に起こっていない」
耐えがたい体験から意識を切り離します。「これは別の誰かに起こっている」「これは夢だ」「私はここにいない」と感じることで心理的に生き延びます。
人格の形成
繰り返されるトラウマの中で、異なる状況や感情に対処するために複数の人格状態が発達します。
- 虐待に耐える人格
- 日常生活を送る人格(何も起こっていないかのように振る舞う)
- 怒りや攻撃性を担当する人格
- 子どもの人格(トラウマの時の年齢で固定)
- 保護者的人格
各人格は特定の機能や役割を担い、全体として何とか生き延びることを可能にします。これは病気というより、極限状態での創造的な生存戦略と言えます。
発達段階の影響
人格の統合が起こる重要な発達段階(0から9歳頃)にトラウマがあると、統合が妨げられ解離性同一性障害が発症しやすくなります。この時期を過ぎてからのトラウマでは、他の障害(PTSDなど)は発症してもDIDは発症しにくいです。
その他の要因
生物学的脆弱性
解離しやすい気質、遺伝的素因が関与する可能性があります。しかしトラウマなしに発症することはほとんどありません。
愛着の問題
安全な愛着関係が形成されない環境。養育者との関係が不安定、または危険。
社会的孤立
サポートの完全な欠如。助けてくれる人が誰もいない。
文化的要因
一部の文化では解離体験が受け入れられやすく、表現されやすい可能性。
解離性同一性障害の診断
診断基準(DSM-5)
A. 同一性の破綻
2つまたはそれ以上の他とは区別されるパーソナリティ状態の存在。一部の文化では憑依体験として記述されることもある。同一性の破綻は、自己と行為主体性の顕著な不連続性を伴い、関連する変化として、感情、行動、意識、記憶、知覚、認知、感覚運動機能がある。
B. 日常的な出来事、重要な個人情報、またはトラウマ的出来事の想起に反復的な空白
通常の物忘れでは説明できない。
C. 臨床的に意味のある苦痛、または機能の障害
症状が、臨床的に意味のある苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。
D. 文化的・宗教的慣習の正常な一部ではない
その障害は、広く受け入れられている文化的または宗教的慣習の正常な一部ではない。小児では、想像上の遊び仲間や他の空想的な遊びによって説明されるものではない。
E. 物質や他の医学的疾患によるものではない
症状は、物質(アルコール、薬物)の生理学的作用または他の医学的疾患(例:部分発作)によるものではない。
診断のプロセス
詳細な臨床面接
専門家による時間をかけた詳細な面接。症状の詳細な聴取、幼少期の経験、トラウマ歴、解離症状、人格交代の有無、記憶の空白などについて。
構造化面接
- 解離性障害面接表(DDIS: Dissociative Disorders Interview Schedule)
- 解離性同一性障害構造化臨床面接(SCID-D: Structured Clinical Interview for DSM Dissociative Disorders)
専門的な面接ツールを用いて系統的に評価。
質問票
- 解離体験尺度(DES: Dissociative Experiences Scale)
- 多次元解離尺度(MID: Multidimensional Inventory of Dissociation)
解離症状の程度を自己評価。DEsスコア30以上でDIDの可能性が高まる。
長期的観察
人格交代を直接観察するには時間がかかることがあります。治療関係の中で徐々に明らかになることが多いです。数ヶ月から数年かけて診断が確定することもあります。
他疾患の除外
似た症状を示す他の疾患を除外する必要があります。
- 統合失調症
- 双極性障害
- 境界性パーソナリティ障害
- 演技性パーソナリティ障害
- てんかん(特に側頭葉てんかん)
- 脳腫瘍
- 薬物の影響
- 詐病(意図的に症状を作り出す)
診断の難しさ
症状の隠蔽
多くの患者は症状を隠そうとします。「おかしいと思われたくない」「信じてもらえない」という恐れ。人格交代を周囲に気づかれないようにする努力。
複雑な症状像
他の精神疾患を併存していることが非常に多く、診断が複雑です。
併存疾患
- うつ病(約90パーセント)
- 不安障害(約65パーセント)
- PTSD(ほぼ全員)
- 境界性パーソナリティ障害(約30から70パーセント)
- 摂食障害(約25から35パーセント)
- 物質使用障害(約40から60パーセント)
誤診されやすい
最も多い誤診は統合失調症、双極性障害、境界性パーソナリティ障害です。内的声を幻聴と誤解されたり、気分の変動を双極性障害と誤解されたりします。
専門家の不足
解離性障害の専門家が少ない。一般の精神科医でも診断が難しく、見逃されることが多いです。
診断までの期間
初めて精神科を受診してから正しい診断がつくまでに平均5から12年かかります。その間、他の診断で治療を受けていることが多いです。
スティグマと懐疑
一部の専門家の間でもDIDの存在自体を疑問視する声があり(現在は少数派)、診断を避ける傾向もあります。
解離性同一性障害の治療
DIDの治療は長期にわたりますが、適切な専門的治療により改善が可能です。治療の目標は人格を統合すること、または少なくとも人格間の協調を図り、症状を軽減し、機能を改善し、より統合されたアイデンティティを取り戻すことです。
心理療法(主要な治療)
心理療法がDID治療の中核です。薬物療法だけでは治療できません。
精神分析的精神療法・精神力動的精神療法
長期的な治療。トラウマの記憶を扱い、人格の統合を目指します。転移関係の中で過去の関係パターンを再体験し、修正していきます。
認知行動療法(CBT)
現在の症状や問題行動に焦点を当てます。トラウマに関連する認知の歪みを修正。解離症状への対処スキルを学びます。
EMDR(眼球運動による脱感作と再処理)
トラウマ記憶の処理に効果的な治療法。PTSDの治療法としても広く使われています。DIDに対しても慎重に適用できます。
弁証法的行動療法(DBT)
感情調整スキル、苦悩耐性スキル、対人関係スキルの習得。自傷行為への対処。境界性パーソナリティ障害を併存している場合に特に有効。
段階的アプローチ(国際的に推奨される治療モデル)
DIDの治療は3段階で進めることが国際的に推奨されています。段階を飛ばして進めると症状が悪化する危険性があります。
第1段階: 安全と安定化(最も重要で時間がかかる)
この段階に数年かかることも珍しくありません。
目標:
- 安全な環境の確保(虐待者から離れる、安全な住居)
- 治療関係の構築(信頼関係、安全な治療環境)
- 日常生活の安定化(基本的な生活リズム、仕事や学業の維持)
- 自傷行為、自殺企図への対処(安全計画の作成)
- 症状のコントロール(解離症状、フラッシュバック、パニックへの対処)
- 基本的なスキル習得(感情調整、ストレス対処、グラウンディング)
- 人格間のコミュニケーション促進(内的協力体制の構築)
- 人格間の敵対関係の緩和
- 併存症状の治療(うつ病、不安障害など)
この段階では積極的にトラウマ記憶を扱いません。まず安定化が優先です。
第2段階: トラウマの処理(最も困難で慎重さが必要)
第1段階が十分に確立されてから移行します。
目標:
- トラウマ記憶の想起と処理
- 感情の統合(怒り、悲しみ、恐怖などの感情を体験し受け入れる)
- 人格間の記憶の共有
- 解離の壁を徐々に低くする
- トラウマの意味づけの変容
この段階は慎重に進める必要があります。急ぎすぎると圧倒され、症状が悪化したり、治療から脱落したりします。セラピストの専門性が非常に重要です。
第3段階: 統合と再適応(新しい人生の構築)
目標:
- 人格の統合(可能な場合。統合が常に目標とは限らない)
- 統合されたアイデンティティの再構築
- 対人関係の改善
- 社会復帰、職業的機能の回復
- 親密な関係の構築
- 将来への希望の再構築
- 自己実現
治療期間
長期にわたる治療が必要です。軽症でも数年、重症例では10年以上かかることもあります。焦らず段階的に進めることが成功の鍵です。
薬物療法(補助的)
DIDそのものを治す薬はありません。併存する症状に対して補助的に薬物療法が行われます。
抗うつ薬
うつ症状、不安症状に対して。SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)、SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)など。
抗不安薬
不安、パニック発作に対して。ベンゾジアゼピン系は依存のリスクがあるため短期間の使用に限定。
気分安定薬
感情の不安定さ、衝動性に対して。
睡眠薬
不眠、悪夢に対して。
抗精神病薬
幻覚様体験(内的声)が非常に苦痛な場合、少量使用することがあります。
薬物療法の注意点
- 薬だけではDIDは治療できない。心理療法が必須。
- 依存のリスクがある薬もあるため慎重に使用。
- 人格によって薬への反応が異なることがある(報告されている)。
- ポリファーマシー(多剤併用)に陥りやすいため注意。
入院治療
入院が必要な場合
- 自殺の危険が非常に高い
- 重度の自傷行為がコントロールできない
- 安全な環境が確保できない(虐待者と同居しているなど)
- 症状が非常に重度で外来治療では対応できない
- 集中的な治療が必要
- 危機的状況(人格の激しい対立、重度の解離状態)
入院の目的
安全の確保、集中的な治療、危機介入、環境調整。
入院期間
数週間から数ヶ月。DID専門の入院治療プログラムは日本では非常に限られています。
グループ療法
同じDIDや解離性障害を持つ人たちとのグループセッション。
メリット
孤立感の軽減、「自分だけではない」という安心感、相互支援、対処スキルの共有、対人関係スキルの練習。
注意点
メンバー間のトラウマの共有により症状が悪化するリスクもあるため、慎重に運営される必要があります。
家族療法・カップル療法
家族やパートナーが病気を理解し、適切にサポートできるよう教育します。ただし虐待者である家族との療法は禁忌です。
本人ができること(セルフケアと対処)
治療に取り組む
専門家の治療を受け続ける
長期戦になりますが諦めずに継続。信頼できる治療者を見つけることが最も重要。
正直に話す
治療者に症状を正直に話す。恥ずかしがらない、隠さない。
人格間のコミュニケーション
内的対話を促す
人格同士が会話できるようになることを目指します。敵対関係を緩和します。
日記
各人格が日記を書く。他の人格が読む。メモを交換する。これにより人格間のコミュニケーションと記憶の共有が進みます。
内的会議
頭の中で人格たちが集まって話し合う場を設ける。重要な決定は内的会議で。
協力体制
人格同士が対立するのではなく、協力する関係を築く。全員が同じ体を共有し、同じ目標(生き延びること、より良い人生)を持っていることを認識します。
安全の確保
自分を傷つけない
自傷衝動が出たら、安全計画に従う。治療者に連絡、信頼できる人に電話、危険なものから離れる。
危険な状況を避ける
トリガーとなる人、場所、状況を可能な範囲で避ける。
サポート体制
緊急時に連絡できる人のリストを作成。治療者の連絡先、信頼できる友人、緊急相談窓口。
トリガーを理解する
トリガーの把握
何が人格交代や解離症状のトリガーになるか理解します。特定の音、匂い、場所、人、状況など。
トリガー日記
いつ、どこで、何がきっかけで症状が出たかを記録。パターンを見つけます。
可能な範囲でトリガーを避ける
完全に避けることはできませんが、不必要な曝露は避けます。
グラウンディング技法
解離しそうになったとき、または解離状態から現実に戻るための技法です。
5-4-3-2-1法
5つ見えるもの、4つ触れるもの、3つ聞こえる音、2つ匂うもの、1つ味わうものを意識的に確認します。
身体感覚を使う
氷を握る、冷たい水で顔を洗う、強い香り(ミント、ラベンダー)を嗅ぐ、大きな音を出す(手を叩く)。
オリエンテーション
今日の日付、今いる場所、自分の名前、年齢を声に出して言う。
足の裏を意識する
立って、足の裏が床に接触している感覚に集中する。
これらの技法は練習が必要です。治療の中で習得します。
生活の構造化
規則正しい生活
予測可能なスケジュール。毎日同じ時間に起床、食事、就寝。ルーティンは安心感を与えます。
十分な睡眠
睡眠不足は症状を悪化させます。7から8時間の睡眠を確保。
バランスの良い食事
栄養バランスを整える。規則正しく食事。
アルコール・薬物を避ける
アルコールや違法薬物は症状を悪化させ、コントロールを失わせます。
ストレス管理
過度のストレスは避ける。リラクゼーション(深呼吸、瞑想、ヨガ)を取り入れる。
サポートグループ・ピアサポート
同じ病気を持つ人との交流
オンラインまたは対面のサポートグループ。孤立感が軽減され、理解し合える。対処法を共有できます。
ピアサポーター
同じ経験をした人からのサポート。
教育
病気について学ぶ
自分の病気を理解する。本、信頼できるウェブサイト、専門家から情報を得る。
トラウマについて学ぶ
トラウマが脳と心に与える影響を理解する。自分を責めることが減ります。
家族や周囲ができること
理解と受容
病気を理解する
DIDについて正しく学ぶ。本人は演技しているのではありません。
本人を責めない
病気は本人のせいではありません。幼少期のトラウマの結果です。
忍耐強く
回復には長い時間がかかります。焦らず見守ります。
一貫した対応
どの人格に対しても一貫して接する
特定の人格を好んだり嫌ったりしない。すべての人格を同じ一人の人として尊重します。
境界線を保つ
不適切な行動には適切に対処。しかし人格そのものを拒絶しない。
安全の確保
自傷や自殺のリスクに注意
警告サインを見逃さない。危険なものを遠ざける。
緊急時の対応
自殺の危険がある場合はすぐに専門家に連絡、または救急車を呼びます。
サポート
治療を支援
通院を励ます。治療費のサポート。
話を聴く
批判せず、ただ聴く。すべてを理解できなくても、理解しようとする姿勢が大切です。
日常生活のサポート
必要に応じて買い物、家事、子どもの世話などをサポート。しかし過保護にならない。
専門家と連携
家族療法・家族教育を受ける
治療者と協力する。家族向けの教育プログラムに参加。
治療方針を理解する
治療者から説明を受け、家族としてどう対応すべきか学びます。
してはいけないこと
レッテルを貼る
「あなたはDIDだから」と決めつけない。一人の人として接します。
人格に対して否定的な態度
「その人格は嫌い」「その人格が出ないで」など言わない。
トラウマを軽視する
「過去のことは忘れれば良い」「大げさだ」など言わない。
人格統合を急がせる
「早く一つになって」とプレッシャーをかけない。統合は本人と治療者が決めること。
過度に巻き込まれる
共依存にならない。自分の限界を認識し、自分のケアも大切にします。
自分のケア
支える側も疲弊する
家族も辛い。自分の感情を認め、ケアします。
相談できる人を持つ
カウンセリングを受ける、サポートグループに参加。一人で抱え込みません。
予後と回復
治療による改善
適切な長期専門治療により、多くの患者が大幅に改善します。
症状の軽減
解離症状、人格交代の頻度減少、記憶の空白の減少、自傷行為の減少、日常機能の改善。
人格間の協調
人格同士が対立せず協力するようになる。内的平和。
統合
一部の患者は人格の完全または部分的統合を達成します。統合とは、すべての人格が一つになり、統合されたアイデンティティを持つことです。
統合後の状態
統合後も解離傾向は残ることがありますが、日常生活を送れます。トラウマの記憶は残りますが、圧倒されることなく受け入れられるようになります。
統合以外のゴール
統合が必ずしも唯一の治療目標ではありません。
機能的多重性
人格が統合されなくても、人格間が協力し、記憶を共有し、機能的に生活できる状態。これも立派な回復です。
生活の質の向上
症状が軽減され、仕事ができる、人間関係を維持できる、自傷しない、希望を持てる。これらも重要なゴールです。
長期的な課題
トラウマの影響
治療後もトラウマの影響(対人関係の困難、親密さへの恐怖)は残ることがあります。
再発のリスク
大きなストレスやトラウマにより症状が再燃する可能性。しかし対処法を身につけているため、以前より対応できます。
継続的なサポート
治療終了後も定期的なフォローアップ、サポートグループへの参加が有益です。
治療を受けない場合
治療を受けずに放置すれば、症状は慢性化し、機能はさらに低下します。自殺のリスクも高まります。しかし適切な治療を受ければ、多くの人が回復に向かいます。
よくある誤解
誤解1: 演技や作り話
事実
DIDは実在する精神疾患です。国際的な診断基準(DSM-5、ICD-11)に含まれています。患者は演技しているのではなく、深刻な苦痛を伴います。脳画像研究でも、人格交代時に脳活動パターンが変化することが示されています。
誤解2: 非常に珍しい
事実
かつて考えられていたよりはるかに多く、約1から1.5パーセントの有病率とされます。診断されていないだけで、実際にはもっと多い可能性があります。
誤解3: 危険な人たち
事実
映画のような凶暴な人格が現れて犯罪を犯すというのは誇張です。DID患者が暴力犯罪を犯す率は一般人口と変わりません。むしろ自分自身を傷つけることの方が多いです。
誤解4: 治らない
事実
適切な長期専門治療により改善可能です。完全な統合を達成する人もいれば、人格間の協調により機能的に生活できるようになる人もいます。
誤解5: 子どもの遊びや想像上の友達と同じ
事実
全く異なります。子どもの想像上の友達は発達的に正常で、子どもはそれが想像だと分かっています。DIDは病的な解離であり、記憶の欠落、機能障害を伴います。
誤解6: すぐに人格が変わる、劇的
事実
映画のような劇的な人格交代ばかりではありません。多くの患者はより微妙な形で人格が交代し、周囲に気づかれないように努力しています。
まとめ
解離性同一性障害(DID)は一人の人の中に2つ以上の明確に区別される人格状態が存在し、それらが交代して現れる精神疾患です。かつて多重人格障害と呼ばれていました。
主な症状は複数の人格状態の存在、人格の交代、記憶の空白です。各人格は独自の特徴を持ち、人格が交代すると別の人格が活動していた時間の記憶がないことが多いです。頭の中の声、解離症状、自傷行為、自殺のリスクなども伴います。
原因は幼少期の深刻で繰り返されるトラウマ(虐待、ネグレクト)です。約90から97パーセントが幼少期にトラウマを経験しています。子どもが耐えがたいトラウマから心を守るために解離という防衛機制を使い、複数の人格状態が発達します。
診断はDSM-5の基準に基づき、詳細な面接、構造化面接、質問票により行われます。統合失調症など他の疾患との鑑別が重要です。診断までに平均5から12年かかり、見逃されやすい疾患です。
治療は心理療法が中心で、段階的アプローチ(安全と安定化、トラウマの処理、統合と再適応)が推奨されます。長期にわたる治療が必要ですが、適切な専門治療により改善可能です。薬物療法は併存症状に対して補助的に使用されます。
本人はグラウンディング技法を学び、人格間のコミュニケーションを促し、生活を構造化し、サポートグループを活用することが大切です。家族や周囲は病気を理解し、一貫した対応をし、安全を確保し、専門家と連携することが重要です。
DIDは演技ではなく、極限的なトラウマから生き延びるために発達した適応的な防衛機制の結果です。適切な理解とサポート、専門的な長期治療により、患者はより統合されたアイデンティティを取り戻し、機能的で充実した生活を送ることができます。回復には時間がかかりますが、希望があります。

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