はじめに
統合失調症の方が不安定になったり、興奮したり、幻覚や妄想に苦しんでいる時、周囲の人はどのように対応すればよいのでしょうか。適切な対応は本人を落ち着かせるだけでなく、症状の悪化を防ぎ、信頼関係を維持することにもつながります。
本記事では、統合失調症の方が不安定な状態にある時の落ち着かせ方、日常的にできる予防的アプローチ、緊急時の対応まで、実践的な方法を詳しく解説します。
統合失調症の理解
基本的な知識
統合失調症は、脳の機能障害によって起こる精神疾患で、思考、感情、行動に影響を及ぼします。主な症状には以下があります。
陽性症状(本来ないものが現れる)
- 幻聴 実際には聞こえない声が聞こえる
- 妄想 現実にはないことを確信する
- 思考障害 考えがまとまらない、話が飛ぶ
- 興奮 落ち着きがなくなる、攻撃的になる
陰性症状(本来あるものが失われる)
- 感情の平板化 喜怒哀楽の表現が乏しくなる
- 意欲の低下 何もする気になれない
- 自閉 他者との関わりを避ける
- 思考の貧困 会話が少なくなる
認知機能障害
- 注意力・集中力の低下
- 記憶力の低下
- 計画を立てることの困難
不安定になる時のサイン
早期に気づくことで、悪化を防げます。
初期のサイン
- 睡眠パターンの変化(不眠、過眠)
- 食欲の変化
- 落ち着きのなさ、イライラ
- 会話が減る、または増える
- 独り言が増える
- 身だしなみへの関心低下
- 薬の飲み忘れ
悪化のサイン
- 幻聴や妄想の訴えの増加
- 現実との接触の喪失
- 混乱や見当識障害
- 極度の不安や恐怖
- 攻撃的な言動
- 自傷や自殺の言及
落ち着かせるための基本原則
1. 安全の確保
何よりも優先すべきは、本人と周囲の人の安全です。
環境の安全確認
- 危険な物(刃物、薬品など)を遠ざける
- 窓やドアの確認
- 逃げ道の確保
- 必要に応じて他の人を避難させる
身体的距離の維持
- 適切な距離を保つ(1.5〜2メートル程度)
- 威圧的にならない位置取り
- 退路を塞がない
- 本人を追い詰めない
2. 冷静さを保つ
支援者自身が落ち着いていることが最も重要です。
自分の感情管理
- 深呼吸をする
- 声のトーンを落ち着かせる
- 焦りや恐怖を表に出さない
- 自分の安全も確保する
避けるべき態度
- パニックになる
- 怒りを見せる
- 無理に制止しようとする
- 否定的な言葉を使う
3. 尊重と共感
本人の体験を否定せず、尊重する姿勢が重要です。
共感的な態度
- 本人の苦痛を認める
- 判断せずに聞く
- 味方であることを示す
- 本人の気持ちに寄り添う
避けるべき態度
- 「そんなものは存在しない」と否定する
- 「気のせいだ」と軽視する
- 馬鹿にしたり笑ったりする
- 説得しようとする
具体的な落ち着かせる方法
幻聴がある場合
対応の基本 幻聴は本人にとって非常にリアルな体験です。否定せず、しかし肯定もせず、中立的な立場を保ちます。
効果的なアプローチ
- 傾聴する 「声が聞こえるんですね」「つらいですね」と、本人の体験を受け止める
- 現実を提示する(ただし押し付けない) 「私には聞こえませんが、あなたには聞こえているんですね」
- 注意を他に向ける
- 簡単な作業を提案する
- 音楽を聴く
- 散歩に誘う
- 別の話題に移る
- 安心できる環境を作る
- 静かな場所に移動する
- 刺激を減らす(テレビやラジオを消す)
- 照明を調整する
避けるべき対応
- 「そんな声は存在しない」と否定する
- 「何と言っているの?」と詳しく聞きすぎる
- 幻聴の内容を真に受けて一緒に怖がる
- 無視する
妄想がある場合
対応の基本 妄想は本人にとって確信であり、論理的説得は逆効果です。
効果的なアプローチ
- 感情に焦点を当てる 「それはとても不安ですね」「怖い思いをしているんですね」
- 議論を避ける 妄想の内容について肯定も否定もせず、「そう感じているんですね」と受け止める
- 安全を保証する 「ここは安全です」「私がそばにいます」
- 現実的な活動に誘う
- 食事の準備を手伝ってもらう
- 一緒に散歩する
- 簡単なゲームをする
避けるべき対応
- 「そんなことはありえない」と論破しようとする
- 妄想の内容を詳しく聞き出す
- 「あなたの考えは間違っている」と言う
- 妄想に同調する
興奮・焦燥がある場合
対応の基本 興奮している時は、刺激を最小限にし、安全を最優先します。
効果的なアプローチ
- 環境調整
- 静かな場所に移動する
- 刺激を減らす(人、音、光)
- 広い空間を提供する
- 穏やかに話しかける
- 低く落ち着いたトーンで
- 短く簡潔な言葉で
- ゆっくりと話す
- 「大丈夫ですよ」「安全ですよ」
- 選択肢を与える 「座りますか、それとも歩きますか?」 「水を飲みますか?」
- 身体的接触は慎重に
- 許可を得てから
- 優しく肩に手を置く程度
- 無理に抱きしめない
避けるべき対応
- 大声を出す
- 複数人で取り囲む
- 無理に制止する
- 急な動きをする
- 身体的に拘束する(専門家以外)
引きこもり・無気力がある場合
陰性症状への対応は、長期的な視点が必要です。
効果的なアプローチ
- 無理強いしない
- できることから始める
- 小さな成功体験を重ねる
- プレッシャーをかけない
- 規則的な生活リズムを作る
- 起床・就寝時間を一定に
- 食事の時間を決める
- 簡単な日課を作る
- 一緒に活動する
- 散歩に誘う
- 簡単な家事を一緒にする
- 興味のあることを見つける
- 肯定的なフィードバック
- 小さな行動も認める
- できたことを褒める
- 進歩を一緒に喜ぶ
避けるべき対応
- 「怠けている」と責める
- 無理に活動させる
- 他者と比較する
- 放置する
コミュニケーションの技法
基本的な話し方
声のトーン
- 低く、落ち着いた声で
- ゆっくりと話す
- 優しく、しかし明瞭に
言葉の選び方
- 短く簡潔な文章で
- 具体的な言葉を使う
- 曖昧な表現を避ける
- 一度に一つのことだけ
非言語コミュニケーション
- 穏やかな表情
- オープンな姿勢(腕を組まない)
- 適度なアイコンタクト(威圧的にならない程度)
- ゆっくりとした動作
効果的なフレーズ
安心を与える言葉
- 「大丈夫ですよ」
- 「ここは安全です」
- 「私がそばにいます」
- 「一緒に乗り越えましょう」
共感を示す言葉
- 「つらいですね」
- 「大変でしたね」
- 「そう感じているんですね」
- 「話してくれてありがとう」
選択肢を与える言葉
- 「〇〇しますか、それとも××しますか?」
- 「どうしたいですか?」
- 「手伝えることはありますか?」
避けるべき言葉
- 「気のせいだ」
- 「おかしい」
- 「普通じゃない」
- 「なぜ〇〇しないの?」
- 「〜すべきだ」
日常的な予防的アプローチ
服薬の管理
薬物療法は統合失調症治療の基本です。
服薬支援のポイント
- 決まった時間に服薬する習慣づくり
- 薬のカレンダーやアプリの活用
- 副作用の観察と記録
- 自己判断での中断を防ぐ
- 飲み忘れた時の対応を事前に確認
副作用への対応
- 体重増加 食事と運動の調整
- 眠気 服薬時間の調整
- 手の震え 主治医に相談
- 不快な副作用は我慢せず医師に相談
ストレス管理
ストレスは症状悪化の大きな要因です。
ストレスの軽減
- 予定を詰め込みすぎない
- 変化を緩やかにする
- 十分な休息時間を確保
- プレッシャーを避ける
リラクゼーション技法
- 深呼吸
- 軽い運動(散歩、ストレッチ)
- 音楽鑑賞
- 趣味の時間
- 自然の中で過ごす
規則正しい生活
生活リズムの安定は症状の安定につながります。
基本的な生活習慣
- 毎日同じ時間に起床・就寝
- 3食きちんと食べる
- 適度な運動
- 十分な睡眠(7〜8時間)
- アルコールや違法薬物を避ける
社会とのつながり
- デイケアやグループ活動への参加
- 家族や友人との適度な交流
- 地域資源の活用
- 孤立を防ぐ
再発のサインへの気づき
早期発見が重要です。
観察ポイント
- 睡眠パターンの変化
- 服薬の乱れ
- 独り言の増加
- 落ち着きのなさ
- 社会的引きこもり
- 身だしなみの変化
対応
- 変化に気づいたら早めに主治医に連絡
- 記録をつける(症状日誌)
- 無理をさせない
- 休息を促す
緊急時の対応
医療機関への連絡が必要な状況
以下の場合は、速やかに医療機関に連絡しましょう。
すぐに連絡すべき状況
- 自殺や自傷の言動や行動
- 他者への暴力の危険
- 薬物やアルコールの過剰摂取
- 全く食事や水分が取れない
- 極度の興奮や混乱
- 命令性の幻聴(「〇〇しろ」という声)
早めの連絡が推奨される状況
- 症状の明らかな悪化
- 服薬の拒否が続く
- 3日以上ほとんど眠れない
- 日常生活が全くできない
- 家族の対応が困難
連絡先
平日日中
- かかりつけの精神科・心療内科
- 訪問看護ステーション(利用している場合)
- 保健所・保健センター
夜間・休日
- 精神科救急医療情報センター
- 夜間・休日診療を行っている病院
- 警察(身体的危険が切迫している場合)
- 救急車(生命の危険がある場合)
入院が必要な場合
任意入院 本人の同意がある場合
医療保護入院 本人の同意が得られないが、家族の同意と精神保健指定医の判断がある場合
措置入院 自傷他害の恐れがあり、都道府県知事の判断による場合
家族自身のケア
燃え尽きを防ぐ
統合失調症の方を支える家族も、自分自身のケアが必要です。
休息を取る
- レスパイトケアの利用
- 他の家族や支援者と役割分担
- 定期的に自分の時間を確保
- 趣味や楽しみを持つ
感情の整理
- 家族会への参加
- カウンセリングの利用
- 信頼できる人に話す
- 感情を抑え込まない
知識を得る
- 疾患についての正しい理解
- 支援制度の活用
- 専門家からのアドバイス
- 最新の治療情報
利用できる支援
医療サービス
- 訪問看護
- デイケア
- 作業療法
福祉サービス
- 障害福祉サービス(居宅介護、就労支援など)
- 障害年金
- 自立支援医療制度
地域資源
- 保健所・保健センター
- 精神保健福祉センター
- 地域活動支援センター
- 家族会
まとめ
統合失調症の方を落ち着かせるための最も重要なポイントは、安全の確保、冷静さの維持、そして尊重と共感です。
基本原則
- 本人の体験を否定せず、感情に寄り添う
- 刺激を減らし、安心できる環境を作る
- 短く明瞭なコミュニケーション
- 無理強いせず、選択肢を与える
- 日常的な予防的アプローチを継続する
重要な注意点
- 専門的治療の継続が最も重要
- 服薬の自己中断は再発のリスクが高い
- 早期の変化に気づき、早めに対応する
- 家族自身のケアも大切にする
- 一人で抱え込まず、専門家や支援者を頼る
統合失調症は適切な治療と支援により、症状をコントロールしながら安定した生活を送ることができる疾患です。本人、家族、医療・福祉の専門家が協力し合いながら、長期的な視点でサポートを続けることが大切です。
困難な時は一人で抱え込まず、必ず専門家に相談してください。適切な支援により、本人も家族もより良い生活を送ることができます。

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