氣比神社 敦賀の総鎮守と越前国一宮

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氣比神社(けひじんじゃ)は、正式には「氣比神宮(けひじんぐう)」という名称で、福井県敦賀市に鎮座する神社です。越前国一宮として古くから崇敬され、「北陸道総鎮守」とも称される、北陸地方を代表する古社の一つです。

「神宮」の称号を持つ数少ない神社の一つであり、伊勢神宮、鹿島神宮、香取神宮などと並ぶ格式を持っています。大鳥居は、春日大社、厳島神社とともに「日本三大木造大鳥居」の一つに数えられ、国の重要文化財に指定されています。

本記事では、正式名称である「氣比神宮」について詳しく解説し、その歴史、御祭神と御神徳、境内の見どころ、そして参拝のポイントについて紹介していきます。

氣比神宮の正式名称

正しい名称は「氣比神宮」

福井県敦賀市に鎮座する神社の正式名称は「氣比神宮(けひじんぐう)」です。「氣比神社」という呼び方も一般的に使われますが、公式には「神宮」の称号を持つ格式の高い神社です。

「神宮」の称号

「神宮」という称号は、特に格式の高い神社にのみ許される称号です。氣比神宮は、平安時代から既に「神宮」の称号を使用していた、由緒ある神社です。

氣比神宮とは

越前国一宮

氣比神宮は、福井県敦賀市曙町に鎮座する神社で、越前国(現在の福井県北部)の一宮です。一宮とは、その国の中で最も社格が高く、国司が最初に参拝する神社を指します。

北陸道総鎮守

氣比神宮は、「北陸道総鎮守」とも称され、北陸地方全体の守護神として崇敬されてきました。

日本三大木造大鳥居

氣比神宮の大鳥居は、高さ約11メートルの朱塗りの木造鳥居で、春日大社(奈良)、厳島神社(広島)とともに「日本三大木造大鳥居」の一つに数えられています。国の重要文化財に指定されています。

氣比神宮の歴史

創建と古代の信仰

氣比神宮の創建は非常に古く、第14代仲哀天皇の時代(2世紀頃)に遡ると伝えられています。約1900年の歴史を持つとされる古社です。

仲哀天皇が、敦賀の地を訪れた際、この地の神々を祀ったことが始まりとされています。

神功皇后との関わり

日本書紀によれば、神功皇后が三韓征伐の帰途、この地に立ち寄り、氣比神宮に参拝したとされています。

また、応神天皇が幼少の頃、氣比大神と名を交換したという「名替えの神事」の伝説があり、これにちなんだ祭りが現在も行われています。

奈良時代・平安時代

奈良時代には、朝廷からも崇敬を受けました。聖武天皇の時代には、神封が奉られました。

延喜式神名帳(927年編纂)には、「越前国敦賀郡 氣比神社 名神大社」として記載され、最高の社格である名神大社に列せられていました。

中世の発展

平安時代から鎌倉時代にかけて、武士の信仰も集めるようになりました。源義経が北陸を通った際、氣比神宮に参拝したという伝承もあります。

近世から近代

戦国時代には、朝倉氏などの戦国大名からも崇敬を受けました。

江戸時代には、北陸道の要所である敦賀の守護神として、多くの参詣者を集めました。

明治時代には、官幣大社に列せられました。

戦災と復興

昭和20年(1945年)の敦賀空襲により、大鳥居を除くほとんどの社殿が焼失しました。戦後、復興が進められ、現在の社殿が再建されました。

大鳥居は戦災を免れ、国の重要文化財として現在も残されています。

御祭神と御神徳

主祭神

氣比神宮の主祭神は、伊奢沙別命(いざさわけのみこと)です。氣比大神とも称されます。

伊奢沙別命は、食物の神、海上安全の神、農業の神として崇敬されています。

相殿

主祭神とともに、以下の神々が祀られています。

仲哀天皇、神功皇后、日本武尊、応神天皇、玉姫命、武内宿禰命など、計七柱の神々が祀られています。

御神徳

氣比神宮に参拝することで期待される御神徳には、以下のようなものがあります。

海上安全、交通安全、五穀豊穣、商売繁盛、開運招福、家内安全、厄除け、縁結び、心願成就などです。

特に、敦賀が古くから港町として栄えたことから、海上安全や航海安全の御神徳が強いとされています。

境内の見どころ

大鳥居(国重要文化財)

氣比神宮の大鳥居は、高さ約11メートル、柱間約7.5メートルの朱塗りの木造鳥居で、国の重要文化財に指定されています。

正保2年(1645年)に建立されたもので、春日大社、厳島神社とともに「日本三大木造大鳥居」の一つに数えられます。

昭和20年の敦賀空襲でも焼失を免れ、氣比神宮のシンボルとして現在も参拝者を迎えています。

本殿・拝殿

戦災により焼失した後、昭和25年(1950年)に再建された本殿と拝殿です。伝統的な神社建築の様式を持っています。

松尾芭蕉の像

境内には、松尾芭蕉の像があります。芭蕉が「奥の細道」の旅の途中、氣比神宮を訪れ、句を詠んだことにちなんでいます。

「月清し 遊行のもてる 砂の上」という句が残されています。

猿田彦神社

境内の摂社として、猿田彦神社があります。みちひらきの神として崇敬されています。

角鹿神社

境内の摂社で、敦賀の地主神を祀っています。

名替えの神事

応神天皇との伝説

氣比神宮には、「名替えの神事」という独特の伝説があります。

日本書紀によれば、応神天皇が幼少の頃、氣比大神が夢に現れ、「私の名と御名を交換したい」と申し出ました。応神天皇がこれを承諾したことで、氣比大神は「去来紗別大神(いざさわけのおおかみ)」という名を、応神天皇は「誉田別命(ほんだわけのみこと)」という名を得たとされています。

祭礼

この伝説にちなみ、毎年9月に「名替祭」が執り行われます。

年中行事

例大祭

毎年9月4日に例大祭が執り行われます。神輿渡御や奉納行事が行われます。

初詣

新年には、越前国一宮として、福井県内外から多くの初詣客が訪れます。

その他の行事

節分祭、七五三など、年間を通じて様々な行事が執り行われます。

参拝のポイント

参拝の作法

氣比神宮を参拝する際は、基本的な神社参拝の作法に従いましょう。

大鳥居をくぐる前に一礼します。大鳥居の荘厳さを感じながら、境内へ進みます。手水舎で手と口を清めます。拝殿前で賽銭を入れ、二拝二拍手一拝の作法で拝礼します。

境内の摂社にも参拝しましょう。

大鳥居の鑑賞

日本三大木造大鳥居の一つである大鳥居は、必見です。その荘厳な姿を、ぜひじっくりと鑑賞してください。

御朱印

氣比神宮では御朱印をいただくことができます。越前国一宮の御朱印は、記念になります。

おすすめの参拝時期

氣比神宮は年間を通じて参拝できますが、例大祭が行われる9月や、初詣の時期が特に賑わいます。

アクセス情報

公共交通機関

JR北陸本線敦賀駅から徒歩約15分。または、敦賀駅からコミュニティバス「ぐるっと敦賀周遊バス」で「氣比神宮」バス停下車すぐ。

自動車

北陸自動車道敦賀ICから約10分。駐車場あり(無料)。

周辺の見どころ

敦賀港

古くから大陸との交易の拠点として栄えた港。現在も重要な港湾都市です。

金崎宮

敦賀市の小高い丘に鎮座する神社。恒良親王と尊良親王を祀り、桜の名所としても知られています。

氣比の松原

日本三大松原の一つ。美しい白砂青松の景観が楽しめます。

人道の港 敦賀ムゼウム

第二次世界大戦中、敦賀港が多くのユダヤ難民を受け入れた歴史を伝える資料館。

敦賀赤レンガ倉庫

明治時代に建てられた赤レンガの倉庫を改修した観光施設。ジオラマ館やレストランがあります。

まとめ

「氣比神社」は、正式には「氣比神宮」という名称で、福井県敦賀市に鎮座する越前国一宮です。約1900年の歴史を持ち、「神宮」の称号を持つ格式の高い神社です。

日本三大木造大鳥居の一つである大鳥居は、国の重要文化財に指定され、氣比神宮のシンボルとして親しまれています。海上安全、五穀豊穣、開運招福などの御神徳で知られ、北陸道総鎮守として広く崇敬されています。

福井県や北陸地方を訪れる機会があれば、ぜひ氣比神宮に参拝してみてください。荘厳な大鳥居と歴史ある神社の雰囲気の中で、心を落ち着け、新たな力を得る時間は、かけがえのない体験となるでしょう。

あなたが氣比神宮を訪れ、その歴史と神聖な雰囲気の中で心穏やかな時間を過ごし、氣比大神の御神徳に包まれることを心から願っています。

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