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手話を見たことはあっても、「手話は単なる身ぶりではなく、一つの言語でもある」ということを、あらためて考えたことがある方は少ないかもしれません。
手話には、手の動きだけでなく、表情や視線、体の動きなども関わります。また、日本語とは異なる文法や表現を持つ手話もあり、世界に目を向ければ、国や地域によってさまざまな手話が使われています。
そして、手話への思いも一つではありません。
手話を第一言語として育ち、自分たちの言葉や文化に誇りを持つ人がいる一方で、聞こえる可能性を望む人もいます。手話と音声言語の両方を使う人もいれば、それぞれの方法で人とつながっている人もいます。
だからこそ、手話について考えるときは、誰か一つの考え方だけを見るのではなく、さまざまな立場や思いに目を向けることが大切です。
長年にわたり続けられてきた手話言語法の制定を求める運動は、2025年に大きな節目を迎えました。手話に関する施策を総合的に進めるための「手話施策推進法」が成立し、国や地方公共団体の責務が法律上、明確にされることになったのです。
この記事では、手話言語法制定運動の歩み、手話施策推進法の成立と内容、自治体での取り組み、そして手話をめぐるさまざまな思いや今後の課題について、できるだけ分かりやすく解説します。
1. 手話言語法制定運動の歩み
手話を言語として認め、その普及や環境づくりを法律で進めようとする運動は、長年にわたって続けられてきました。中心となってきたのは、全日本ろうあ連盟などの当事者団体や、手話に関わる多くの人たちです。
2006年に国連総会で採択された障害者権利条約では、手話が言語の一つとして位置づけられています。日本でも、2011年に改正された障害者基本法で、手話が言語であることが明記されました。しかし、法律に「手話は言語である」と書かれることと、実際に手話を使いやすい社会になることは、必ずしも同じではありません。
例えば、手話を学びたい子どもが十分に学べるのか。学校で手話を使って学べる環境があるのか。病院や役所で必要な情報を手話で受け取れるのか。
言葉として認めるだけでなく、その言葉を安心して使える環境を整えていくことが求められてきました。
そのため、当事者団体などは法制定を求める活動を粘り強く続け、地方自治体での手話言語条例の制定を積み重ねながら、国レベルでの法制化を目指してきました。こうした運動は約15年にわたって続けられ、2025年の法律成立という大きな節目につながりました。
2. 手話施策推進法の成立
長年にわたる運動を経て、2025年6月、「手話に関する施策の推進に関する法律」、いわゆる手話施策推進法が成立しました。法律は2025年6月18日に国会で成立し、同月25日に公布・施行されています。手話に関する施策を総合的に進めるための法律が国レベルで制定されたことは、日本の手話に関する取り組みにとって大きな出来事です。
この法律では、手話を使用する人にとって、手話が日常生活や社会生活を営むうえで、言語その他の重要な意思疎通のための手段であることが示されています。これまで手話を使う人たちが積み重ねてきた声や活動が、法律という形になったともいえるでしょう。
一方で、法律が成立したことがゴールではありません。「法律ができた」ことを、実際の暮らしの中で「手話を使いやすくなった」と感じられる環境につなげていくことが、これからの大切な課題です。
3. 手話施策推進法では何が進められるのか
手話施策推進法では、国や地方公共団体が、手話に関するさまざまな施策を進めることとされています。
主な柱は、大きく分けると次の三つです。
・手話の習得や使用を支えること
・手話文化を保存し、受け継ぎ、発展させること
・手話に対する国民の理解や関心を深めること
例えば、手話を必要とする子どもや保護者に対して、必要な情報を提供したり、手話を学ぶ機会を整えたりすることが盛り込まれています。学校教育についても、手話を使って学ぶための環境づくりや、必要な人材の確保などが重要な課題となっています。
また、手話通訳を行う人など、専門的な知識や技能を持つ人材の確保や養成、処遇の改善などについても、必要な施策を講じることとされています。
さらに、国が手話に関する施策を考え、実施していく際には、実際に手話を使用する人や関係者の意見を反映させることも法律に定められています。
本人にとって必要なことを考えるときには、本人の声を聞く。当たり前のように思えても、制度や社会の仕組みをつくるうえでは、とても大切な考え方です。
4. 手話は一つではない?日本手話とさまざまな表現
「手話」と聞くと、一つの共通したコミュニケーション方法を思い浮かべる方もいるかもしれません。しかし、実際には、手話の使われ方や表現にはさまざまな違いがあります。
例えば、日本では、ろう者のコミュニティの中で長い時間をかけて育まれてきた日本手話があります。日本手話には、日本語とは異なる語順や文法的な特徴があります。そのため、日本語の言葉を一つひとつ手の動きに置き換えるだけでは、日本手話そのものを表現できない場合があります。
日本語と英語で語順や表現が異なるように、日本手話にも、日本語とは異なる言葉としての特徴があるのです。また、日本語の語順や表現に合わせながら手話を使う方法もあります。
実際には、どのような方法を使うかは、人によっても、育った環境によっても、コミュニケーションをする相手や場面によっても異なります。
「手話を使う人はみんな同じ手話を使っている」というわけではありません。この多様さを知ることは、手話をより深く理解する第一歩になるでしょう。
5. 手話は、手だけで話しているわけではありません
手話の世界には、聞こえる人にとって興味深い特徴がたくさんあります。
その一つが、表情や視線、顔や体の動きも言葉の大切な一部になることがあるという点です。
眉を上げる。
眉をひそめる。
視線を向ける。
少し顔を傾ける。
こうした動きは、単なる感情表現ではなく、伝える内容に関わることがあります。
音声言語では、声の大きさや抑揚、話す速さなどから、相手の気持ちや伝えたいことを受け取ることがあります。
手話では、表情や動きが、言葉の意味や伝わり方に関わることがあるのです。
そのため、手話を見るときは、手の動きだけを見るのではありません。
顔を見る。
視線を見る。
体全体の動きを見る。
そこに、一つの言葉としての豊かな表現があります。
手話は、目で受け取る言葉だからこそ生まれる、独自の奥深さを持っています。
6. 世界の手話は共通ではありません
「世界中の手話は同じなのでは?」と思う方もいるかもしれません。しかし、手話は世界共通ではありません。
日本には日本の手話があり、アメリカにはアメリカ手話、イギリスにはイギリス手話など、それぞれの国や地域で異なる手話が使われています。日本語と英語が違うように、手話にも国や地域ごとの違いがあるのです。
そのため、日本の手話を使う人が、海外の手話をそのまま理解できるとは限りません。また、同じ国の中でも地域によって表現が異なることがあります。こうした違いには、その地域の歴史や文化、人と人とのつながりが関わっています。
手話は、単に音声を使わないコミュニケーション方法ではありません。そこには、その地域で生きてきた人たちの歴史があります。
言葉があります。
文化があります。
世界にさまざまな言語があるように、手話にもまた、それぞれ豊かな世界が広がっているのです。
7. 手話を第一言語として大切にする人たち
ろう者の中には、幼い頃から手話に触れ、手話を自分にとっての第一言語として育ってきた人がいます。その人にとって手話は、「聞こえないから仕方なく使うもの」とは限りません。
家族と話す言葉。
友人と笑い合う言葉。
悩みを打ち明ける言葉。
自分の気持ちを、最も自然に伝えられる言葉。そうした存在になっていることがあります。だからこそ、手話に強い誇りを持つ人もいます。
また、ろう者のコミュニティには、長い時間をかけて育まれてきた文化があります。
手話による会話。
表現。
文学や演劇。
ユーモア。
人とのつながり。
こうしたものを大切にしながら、「自分たちの言葉を、これから先の世代にも受け継いでいきたい」と考える人もいます。
手話施策推進法でも、手話が長年にわたって受け継がれ、手話によって豊かな文化が創造されてきたことを踏まえ、手話文化の保存や継承、発展を図ることが基本理念の一つとして示されています。
ただし、ここでも大切なのは、ろう者の考え方が一つではないということです。
手話を第一言語として生きる人。
音声言語を中心に生活する人。
手話と音声の両方を使う人。
文字によるコミュニケーションを大切にする人。
同じ「ろう者」「聞こえにくい人」という言葉だけでは表せないほど、さまざまな人生があります。
8. 聞こえることへの思いと、手話への思いは同じではありません
聞こえないことをどう受け止めるか。
手話をどう受け止めるか。
この二つは、必ずしも同じではありません。
聞こえないことによる不便や困難を感じ、聞こえることを望む人もいます。
補聴器や人工内耳などを使うことで、生活の可能性が広がったと感じる人もいます。
一方で、手話を自分の第一言語として大切にし、「手話が自分らしさにつながっている」と感じる人もいます。
そして、その両方の思いを持つ人もいます。聞こえないことには困難を感じている。けれど、手話は大切にしている。
聞こえる可能性を望んでいる。とは言え、ろう文化を否定したいわけではない。このように、人の思いは一つの言葉では簡単に分けられません。
「聞こえない人はこう思っている」ではなく、「この人は、こう感じている」。そんなふうに、一人ひとりの思いを見ることが大切です。
手話について考えるときは、まるで360度の球体を見るように、さまざまな角度から考えてみる必要があるのかもしれません。一つの方向から見ただけでは、見えないものがあるからです。
9. 医療技術の進歩と、手話を未来へ受け継ぐこと
近年は、補聴器や人工内耳など、聞こえを支える技術も進歩しています。こうした技術によって、聞こえる音が増えたり、生活の可能性が広がったりする人もいます。医療や技術の進歩を望むことは、決して特別なことではありません。
一方で、こうした社会の変化の中で、「これから先、手話を第一言語として使う人が減っていくのではないか」と心配する人もいます。特に、ろう者のコミュニティの中には、手話が使われなくなれば、自分たちの言葉や文化そのものが失われてしまうのではないかと危機感を持つ人もいます。
ただし、ここで医療技術と手話を、単純に対立するものとして考える必要はありません。
聞こえる可能性を求めることも、大切な選択です。
手話を第一言語として大切にすることも、大切な選択です。
どちらかを選ぶことが、もう一方を否定することになるとは限りません。ただ、子どもたちが手話に触れる機会そのものを失ってしまえば、手話を選びたい人が選べなくなる可能性があります。
だからこそ大切なのは、一つの方法だけを示すことではなく、さまざまな選択肢に触れられる環境を整えていくことなのではないでしょうか。言葉が失われるということは、単に単語が消えるだけではありません。
そこに積み重ねられてきた歴史や文化、人とのつながり、笑い方や表現の仕方まで、受け継がれにくくなる可能性があります。手話を未来へ残したいと願う人がいるのは、手の動きを残したいからだけではありません。
そこに、自分たちが生きてきた「言葉」があるからです。
10. 自治体レベルでの広がりと、これからの課題
国レベルで手話施策推進法が成立する前から、地方自治体では手話言語条例を制定する動きが全国に広がってきました。都道府県や市区町村で、一つひとつ条例がつくられ、地域の中で手話を広める取り組みが積み重ねられてきたのです。こうした自治体での取り組みが、国レベルでの法制化を後押しする大きな土台にもなりました。
また、全国手話言語市区長会や手話を広める知事の会など、自治体の首長による組織も、法制定に向けた活動を続けてきました。そして、法律が成立した現在、これからの課題は「法律を実際の暮らしにどう生かしていくか」です。
例えば、
・子どもが手話を学べる環境をどう整えるのか
・手話を使って教育を受けられる環境をどう広げるのか
・手話通訳者などの人材をどう確保するのか
・病院や役所、災害時などで必要な情報をどう届けるのか
・手話文化をどのように保存し、次の世代へつなぐのか
考えていかなければならないことは、まだたくさんあります。
法律では、9月23日を「手話の日」とすることや、手話に関する施策について、施行後おおむね5年を目途に見直しを検討することも定められています。法律の成立は終わりではなく、新しいスタートです。
これから、どのような社会をつくっていくのか。
その中で、実際に手話を使う人たちの声をどう生かしていくのか。
一つひとつの取り組みが問われていくことになります。
まとめ
手話施策推進法の成立は、長年にわたって続けられてきた手話言語法制定運動と、多くの自治体や当事者、関係者による取り組みが積み重なって実現した、大きな節目です。
しかし、手話について考えるとき、法律や制度だけを見ていては見えないものもあります。
手話を第一言語として、「これが自分の言葉だ」と誇りを持つ人がいます。
長い時間をかけて受け継がれてきた手話や文化を、未来へ残したいと願う人がいます。
一方で、聞こえることを望む人もいます。
補聴器や人工内耳などを使い、新しい可能性が広がることに希望を感じる人もいます。
手話と音声の両方を使う人もいます。
どの思いが正しく、どの生き方が間違っているという、簡単な話ではありません。だからこそ、一つの立場だけから手話を見るのではなく、いろいろな人の声に耳を傾けることが大切なのだと思います。
聞こえないことへの思いも。
聞こえることへの思いも。
手話への誇りも。
手話を未来へ残したいという願いも。
一人ひとり違います。
「ろう者だからこう考える」ではなく、「この人は、こう感じている」。
そんなふうに、その人自身を見ることが、理解への第一歩になるのかもしれません。
手話は、手だけで伝える言葉ではありません。
表情があります。
視線があります。
独自の文法があります。
そして、そこには人と人が伝え合ってきた長い時間があります。
手話を守りたいという思いの中には、「自分たちの言葉をなくしたくない」という願いがあります。
その言葉で笑った時間。
初めて気持ちを自然に伝えられた瞬間。
家族や友人とつながった記憶。
自分らしく生きてきた時間。
そうしたものが、一つの言葉の中には積み重なっています。だからこそ、手話施策推進法がこれから目指すべきことは、誰かに一つの生き方を選ばせることではないでしょう。
手話を大切にしたい人が、大切にできること。
聞こえる可能性を求める人が、その選択をできること。
そして、一人ひとりが自分に合った方法で、人とつながれること。
手話を知ることは、聞こえない人について知ることだけではありません。
この世界には、自分がまだ知らない「言葉の形」があることを知ることです。そして、自分とは違う言葉を使う人にも、その人にしか分からない大切な思いや人生があることを知ることなのかもしれません。

